□『パリの福澤諭吉 謎の肖像写真をたずねて』

 ■人物や事象の輪郭はっきりと

 一万円札の肖像は、1984年に福澤諭吉になり、2004年には現在のデザインに変わった。その際、他の紙幣は人物が変更されたが、一万円の福澤の肖像だけは継続した。つまり30年以上も日本の最高額紙幣の顔として存在していることになる。

 著者は、新聞社のパリ支局勤務時代の2009年、東京で開催された福澤諭吉展で、一枚の肖像写真に出合う。それは紙幣で馴染(なじ)み深い大成した姿ではなく、精悍(せいかん)な青年武士の諭吉の肖像で、添えられた説明によればパリで撮影されたものだった。

 諭吉は、1860(万延元)年の遣米使節団の一員として咸臨丸で渡米し、2年後の1862年には文久遣欧使節団の一員として欧州諸国を訪問している。前者が軍艦奉行の従者という最下級身分を頼み込んで参加したのに対し、後者は幕府の海外奉行傘下の翻訳担当として支度金を受けた海外出張だった。語学力に長(た)け、著者が“特ダネ記者”と評するほど好奇心に満ちた若者の活力が、パリで写された写真から感じ取れる。

 この一枚を発端に、若き諭吉がパリに行って何に興味を示し、どういう行動をしたのか、単なる人物評伝の域を超えて、竹内下野守率いる文久遣欧使節団のミッションと、世界の寄港地での足跡も丹念に取材されている。使節団の写真のひと束をケ・ブランリ美術館で発見し、写真家としては無名の人物ポトーに辿(たど)り着きその生涯を探るという主題だけでも面白いのだが、その背景にある150年前の日仏関係、日英関係なども交えた当時の世界情勢も織り込まれている。「古文書類を大事に保管するのが国家の存在意義(レゾン・デートル)」と著者が記すようなフランスの特性はあるにしても、それらを粘り強く発掘して人物や事象の輪郭をはっきりと浮かびあがらせた著者の手腕と筆力は、並大抵のものではない。(山口昌子著/中央公論新社・1600円+税)

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【プロフィル】福原義春

 ふくはら・よしはる 昭和6年生まれ。慶応大卒。東京都写真美術館名誉館長。『だから人は本を読む』『美』など著書多数。