阪神大震災が起きた平成7年は、のちに「ボランティア元年」と呼ばれた。全国から被災地へ駆けつけた何万人ものボランティアの中に、家族や住まい、大切なものを奪われた被災者を「笑い」で和ませようとしたピエロがいた。兵庫県尼崎市の自宅マンションが全壊した松本賢一さん(46)は心を打たれ、トラック運転手からアマチュア落語家「八軒家けん市」に転身。14日に同県三木市で開かれる落語会では「人の思いは必ず伝わる」と笑いを届ける。

 突然の大きく長い揺れ。7年1月17日早朝、松本さんは同県西脇市をトラックで走行中、地震に気づいた。「阪神高速が落ちています」。ラジオから流れるニュースを聞き、自宅マンションがある尼崎市へと急いだ。渋滞に巻き込まれながら6時間車を走らせ到着すると、マンションは全壊していた。なんとか大切にしていた1枚の写真と本を1冊だけ持ち出し、近くの小学校に避難した。

 避難所を転々としていた3月、名古屋市に住む高校時代の恩師から、「ボランティアのピエロとして避難所を回りたいという教え子がいる」と電話があった。「帰れといわれるかもしれない」。悲しみと不安に沈む被災者に娯楽が受け入れられるか不安になったが、駆けつけた2人の女性を車に乗せ、案内して回った。

 ところが避難所に着いて目に入ってきたのは、ピエロに変身して車から降りる2人に笑顔で駆け寄る子供たちの姿だった。「笑えなかった人たちが笑っているんです。人を喜ばせる。自分もそんな人になりたいと思いました」

 震災の翌年、トラック運転手を辞めた。システムエンジニアなどを経て、IT系のセミナー講師に転身。「人前で話すとき、最後は笑わせて終わりたい」と始めたのが、落語だった。上方落語の定席「天満天神繁昌亭」(大阪市)が募集していた講座に入門し、22年に八軒家けん市として落語家デビュー。出演料がネックとなり高名なプロの落語家を呼ぶことができない全国の高齢者施設などの訪問を続けている。

 「『生きていてよかった』と思ってもらえるように、人の心を和ませたい」と話す松本さん。22年前、被災者に希望を与えたピエロのように、人々に笑顔を届けることを目指して高座に上がる。