月ごとに一定の料金を支払えば音楽コンテンツが聞き放題となる「定額配信サービス」の普及が拡大している音楽コンテンツ業界。ダウンロードサービスの登場でCDの販売減少に歯止めがかからなくなり、全国各地のCDショップが相次いで閉店に追い込まれたのがつい最近の現象に思えるが、定額配信サービスの登場でダウンロードして購入する手法すら過去の遺物になりつつあるのである。しかしスマホをはじめとしたデジタルデバイスの普及と「所有から共有」へという消費者ニーズの変化でサービス形態が激しく変動しているそんな音楽業界にあって、近年アナログ盤レコードの売れ行きが劇的に伸びているという。国内で唯一レコードプレス事業を手がける東洋化成の小林美憲・ディスク事業部レコード営業課課長はいう。
 「当社のレコード生産は2011年が底でしたが、それから右肩上がりで生産枚数は増加しています。特にここ2年の伸びはすさまじく、現在は最も苦しかった時期に比べ4、5倍の生産量になっています。ちなみに4月から7月に当社で生産したレコードのタイトル数は500近くに達していますから、月に120タイトル以上を手がけている計算になりますね」
 小林課長のコメントは、一般社団法人日本レコード協会の統計ともほぼ一致している。同協会が公表している過去10年間のアナログディスクの生産実績をみると、2009年の10万2000枚、2010年の10万5000枚を大底に、その後は販売枚数が回復。特に2014年と2015年は前年比約1・5倍と生産量が急増しており、プレスを行っている神奈川県横浜市鶴見の工場や東京・青山の本社に勤務するレコード事業部門のスタッフも大忙しだ。
 「プレス機など生産設備やスペースは最盛期に比べかなり縮小しましたが、生産量の回復とともに工場スタッフも数年前から少しずつ増やしています。また本社スペースも手狭になったことから、入居するビルの別のフロアを新たに借りてレコード営業課が丸ごと移りました」
 このレコード人気を受け、プレーヤーメーカーの動きもにわかに活発化している。ソニーやティアックはハイレゾで出力可能な新モデルをリリース、1万円以下で購入できる海外製のスタイリッシュなエントリーモデルも市場に出回り始めた。「テクニクス」ブランドを2014年に復活したパナソニックは往年の名機を現代の技術を駆使して再設計した最新機種を限定販売、30万円を超える高価格帯にもかかわらず発売後すぐに完売するなど話題を集めた。

世界的にブーム持続の可能性
 プレーヤーや針などをそろえる必要があり、デジタルに比べノイズ音も出やすいアナログレコードをなぜあえて買う音楽ファンが増えているのか。小林課長によると、このアナログ盤へ回帰する動きは欧米に端を発しているという。
 「日本は世界で見ればまだCDが売れているまれな国で、欧米ではすでに定額配信サービスが主流となっています。しかしどんな時代になっても所有欲を持っている人は一定程度いるもの。そこでCDよりもジャケットが大きく、モノとしての付加価値を持っているレコードが再び注目を集めるようになったのだと思います。その動きが大きく盛り上がるきっかけのひとつが、米国発祥のイベント『レコード・ストア・デー』です」  
 レコード・ストア・デーとは、米国のあるレコードショップオーナーが「レコードショップに出向き、レコードを手にする面白さや音楽の楽しさを共有する祭典」として2008年にはじめたイベント。毎年4月の第3土曜日に世界同時開催しており、数多くのアーティストが一斉に新譜をリリースしたり、貴重な限定アナログレコードやグッズなどを販売したりしている。現在では米国をはじめ世界20カ国以上で数百を数えるレコードショップが参加を表明する人気イベントになり、2011年から日本も正式に参加。東洋化成も協賛企業として名を連ねている。小林課長によると、この世界的なアナログ盤復活の動向は、一過性のブームにとどまらず今後も持続する可能性が高いという。
 「実は90年代後半から2000年前後にかけてアナログ盤が流行した時期がありました。ところが当時トレンドの中心にいたのはDJたち。今度のブームでは一般の若者が初めて買うケースが多いように感じます。今後も安定して末永くレコードが愛され続けていってくれると思います」

PR活動へ積極的に参加
 1959年創業の同社は、社名に入る「化成」の文字からうかがえるように、もともとはレコード盤に用いるプラスチック材料を手がけていた企業。レコード業界の伸長とともにプレス事業にも参入、大手レコード会社では手がけないような中小レーベルの仕事を中心に日本の音楽産業に貢献し続けてきた。しかしCDの普及でアナログレコードの需要は激減。同社は周辺ビジネスを磨くことで活路を見いだした。
 「レコードプレス事業が主流だった時代に、レコードジャケットやパッケージなどレコードに関連する紙の印刷物も自社で手がけるようになりました。CDがレコードに取って代わった後はCDのジャケットやブックレットなどを印刷する事業が主流になり、今ではCDやDVD向けの印刷事業が売り上げ全体の約9割に達しています」
 アーティストが精魂こめてつくったアルバムジャケットは、チラシやパンフレットなど一般の印刷物とは製造ノウハウが異なる。デザイナーが細部までチェックし、色みの調整や特殊加工の仕上がりなどについて細かな要求に対応しなければならない。こうした音楽業界特有のニーズに対応していくなかで、同社は日本でもトップクラスのCD・DVD向け専門印刷会社に成長を遂げたのである。ビジネスモデルの転換に成功した同社は、衰退産業であるレコードプレス事業からの撤退を選択することもできたはず。なぜ存続させたのか。小林課長はこういう。
 「すでに80年代後半には日本でレコード盤を生産できるのが当社だけという状況になってしまっていました。そこで当社がやめてしまえば、日本におけるレコード文化の灯を消してしまうことになります。またなにより印刷事業へのシフトに成功したのも、それまでのレコードプレス事業で会社が成長できたから。まだレコードをつくってほしいというレコード会社やレコードを聴きたいという一般のお客さまが存在する限り、事業を存続させると決めたのです」
 レコード文化を守り抜くという信念が長い冬の時代を乗り越える力の源になったのである。同社は今後も、メーカーの立場を飛び越えた積極的なプロモーション活動を続けていく予定だ。
 「レコード協会が『レコードの日』と定めている11月3日にレコードアイテムをショップで一斉に販売するイベントを主催しており、これを今後も継続することで盛り上がりを広めていきたいと考えています。またレコードに関するニュースを発信する自社のウェブメディア『レコード・ピープル・マガジン』の本格的な運用も開始したのでコンテンツを少しずつ充実させていきたい。さらには女性向けイベントを企画するなどして、事業規模を現在の2倍くらいまでに引き上げたいですね」

COMPANY DATA
東洋化成株式会社
設 立 1959年6月