[J1第2ステージ13節]大宮 1-1 鳥栖/9月25日/NACK
 
 時間にすれば、たった数分。主審が笛を鳴らし、ボールがゴールネットを揺らした間ならば、1分にも満たない。
 
 古巣・大宮のサポーターたちが織り成すオレンジ色の壁を真正面に見て、それでも富山貴光はいたって冷静だった。
 
「ゴールマウスの後ろは視界に入ってこなかったと言うか......GKと向き合うことだけ集中していたから、気にはならなかった。意外と緊張をしないで、いつも通りの感じで蹴られた。場所がNACKだったからかもしれないですね」
 
 逆にそのサポーターを気にしていたのは、数メートル先で向き合った大宮のGK塩田仁史だった。
 
「塩田、塩田仁史、ラララーラーラー、ラララーラララー」という自身のチャントを背に受け、気持ちを奮い立たせている。
 
 そして、主審が合図をした。富山が助走を始めた。右か、左か。真正面という選択肢もある。
 
 回想する。「最初から左に蹴ろうと決めていた。蹴ろうとした瞬間、先に逆へ動いてくれたんで、ホッとした。シオさん(塩田)とは(大宮にともに所属していた昨季の)練習の時に、PKをよく受けてもらっていたので。お互いにいろいろな駆け引きをしながらだったと思いますけど、(自身から見て)右に飛んでくれて良かった」。
 
 対する塩田は――。先制点を献上した、この攻防にどう立ち向かっていたのだろうか。
 
「練習でいつも受けていたので、(自分から見て右に)蹴るかなとは思っていた。ただ、相手も僕がそっちに飛ぶと分かっているかなと、だから逆を突いてくるかなと先読みし過ぎた。でも、あいつは『自分の信じたコースにしっかり蹴る』という感じで蹴ってきた。駆け引き以前の問題だったかな。向こうのほうが上手と言うか、自分の信頼しているところにきちんと蹴ったという面でいえば、メンタルも上だったかなと思うし、いいPKでしたね」
 
 富山が指摘するように、キッカーがボールをインパクトするよりも「先に動いた」ことについてはどうか。
 
「ちょっと早かったとは思う。でも、あいつはパンチのあるシュートを持っているから。いいコースに蹴られたら、少し早く動かなくちゃいけない。あのシーンに関しては、もうちょっとプレッシャーを掛けても良かったなと思う。あいつの性格を考えても、『迷わず自分のコースに』ですからね。まぁでも、あいつのシュートが良かった。今回は俺より上だったってこと。あのPKは完敗です」
 笛が鳴る。蹴る。飛ぶ。たったこれだけの動作のなかに、お互いを知っているからこその、同じ空間で汗を流したからこその濃密な時間が凝縮されていた。
 
 そして、その努力を間近で見ていたからこそ、塩田は悔しさとともに富山へ「完敗だった」という賛辞を送ったのだ。
 
 試合後、富山は大宮サポーターの元へと挨拶に訪れた。不調に陥っても、ピッチに立てば、声援でエネルギーをくれた人たちへの、どうしてもしたかった義理通しだった。
 
「いろいろな想いがあった1戦だった。選手紹介の際に大きな拍手をもらって、温かく迎えられたことはすごく嬉しかったし、試合後の声援もそう。本当に多くの感情が入り混じるような戦いで、そのなかで少しでも成長した姿を見せられたかな」
 
 試合後にその瞳に光ったものは、ある意味で大宮への惜別を表わしていた。富山はもう、鳥栖の人間なのだから。
 
 誠実で、何事にも全力で、どんな時も労を惜しまない。そんな青年は別れを経て、またひとつ大きくなった。
 
 そしてきっと、その力を鳥栖でも発揮し続けてくれるはず。今度は佐賀の地で、みんなから好かれる選手となるのだろう。
 
取材・文:古田土恵介(サッカーダイジェスト編集部)