ある国でMVP級の活躍をした選手がいたとする。噂を聞きつけた世界各国のビッグクラブが、「ぜひ、 我がクラブに!」と懸命に交渉するだろう。争奪戦の末にようやく移籍先が決まると、満面の笑みで写真撮影に臨む選手とクラブ関係者の姿が一斉にメディアで報じられ、サポーターは喜びの歌を歌う。これで「今季の我がクラブは安泰だ」、と。
 
 しかし、鳴り物入りで加入した選手が、必ずしも期待通りに活躍する保証はどこにもない。序盤から思ったようなプレーができずに躓き続けると、「そもそも実力不足」「人間関係で苦労して、環境に馴染むことができなかった」「ビッグクラブのプレッシャーに耐えられなかった」などの批評がメディアで飛び交い、気がつくと彼の名前はスタメンのリストから消えている。
 
 これは、決して珍しい話ではない。だが、なぜあるクラブではヒーロー級の存在で、別のクラブではベンチウォーマー止まりという現象が起きるのか。あるいは、クラブでは干されていても代表では抜群の働きを見せる選手がいれば、逆にクラブチームでは活躍できても代表チームではパッとしない選手がいる、という現象についても同様だ。
 
 ドイツの心理学者ヤン・マイアーは、ある講演会でこう演説している。「どんな人間にも、それぞれ機能するための条件がある。社会性や嗜好性は異なり、人間関係の築き方にも特徴がある。実力を発揮するためには、自分を100パーセント信頼してくれる人間の存在が身近に必要だ。人を外から直接変化させることはできない。自分自身の環境適性などから新しい世界観が生まれてくるのだ」

「日本代表での香川真司」について考えるうえで、 この視点は非常に大切だろう。クラブと代表ではプレーするチームが違えば、対戦する相手も異なる特徴を持っている。また、限られた枠の中からセレクションで選手を集める代表チームでは、それぞれの性格や人間関係、環境適正能力などを配慮し、実力を最大限発揮できるための最適な環境を手にすることは容易ではない。

 無論、どんなチームや環境でも力を発揮するのが一流選手の条件であるのは間違いないが、常に激しいプレッシャーを受ける香川のポジションでは、自力で流れをコントロールするのは難しい。
 サッカーの攻撃局面は、「ビルドアップ」「ゲームメイク」「チャンスメイク」の3つに大きく分けられる。
 
「ビルドアップ」は攻撃の構築段階であり、自分たちでボールを回しながら狙い通りのポジショニングを取り、攻撃の体制を整えることが目的だ。

「ゲームメイク」では、そこからボールを運び、チャンスの起点を作り出さなければならない。CBやボランチからCFへの鋭い縦パス、あるいはスペースへとドリブルで持ち上がり、相手の守備にズレを生じさせられるかがポイントになる。

 そして「チャンスメイク」では、攻撃方向とスピードに変化をつけて相手のイメージを凌駕し、一気にゴール前までボールを持ち込む。
 
 ドルトムントでの香川が輝いて見えたのは、選手個々の役割分担と、チームとしての「ビルドアップ」「ゲームメイク」「チャンスメイク」の共通ビジョンができ上がっていたからだ。

 例えば15-16シーズンで言えば、CBのマッツ・フルメンスがビルドアップから展開し、イルカイ・ギュンドアンが運び、香川が変化をつけ、マルコ・ロイスやヘンリク・ムヒタリアンが抜け出し、CFのピエール=エメリク・オーバメヤンが決めるという、共通のイメージがあった。

 香川とすればボールに多く触りながらリズムを作って、「チャンスメイク」の局面で変化をつけるのがメインの仕事になる。お互いに狙いどころを分かっているから、次の展開をイメージしやすい。
 
 ところが、日本代表では役割分担がまだまだ曖昧に感じられる。「ビルドアップ」やパスを中心にボールを運べるが、そこからの「チャンスメイク」で問題を抱えてしまう。誰が、どこで、何を、どのようにプレーすべきかが定まっていないから、選手Aが「ここだ!」と思っても、選手Bは「あそこでしょ!」となり、決定的なプレーにつながらない。

 香川にしても、起点がないままボールが運ばれてきたり、出口がないままボールを受けて、そこからチャンスに持ち込めずにいる。
 
 一時期不振に陥った14-15シーズンのドルトムントもそうだった。各局面で選手が考えてプレーしていると、必然的にプレースピードは遅くなり、それに伴い動き出しのタイミ ングがズレて、パスミスも増える。悪い流れを変えようと、「俺がなんとかしなければ!」と責任を感じて普段以上のプレーをしようとするが、判断力に乱れがあるなかでは、不用意なチャレンジでボールロストにつながることが往々にしてある。決定機に慌ててしまうのも、こうした悪循環に苛まれているからだろう。
 こうした状況を改善するには、自分たちのサッカービジョンと各選手の役割を整理することが大切だ。攻撃の起点を作り出せる選手が必要で、具体的に名前を挙げれば原口元気ではないだろうか。
 
 ヘルタ・ベルリンでは左ウイングが主戦場だが、攻撃センスだけでなく、冷静なゲームメイキング、疲れ知らずの運動量と危機感知力で開幕連勝に大きく貢献した。なにより魅力なのは、スピードに乗ってボールを縦に運べる点だ。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督はその総合力を評価し、ボランチやインサイドハーフの適性を認めている。
 
 原口が虚を突いたドリブルでボールを運び、相手の守備がズレたスペースに香川が入り込んで起点となる。次の段階として、前線の選手が連動して裏のスペースを攻略していかな ければならない。そのためには、最終局面で?パスの出口?がもっと必要だ。足もとのパス交換だけでは守備は崩せない。サイドからの1対1だけではシンプルすぎる。
 
 例えば、岡崎慎司が作り出したスペースにタイミング良く飛び出す動きが重要になる。そう考えると、ドリブルやラインブレイクの動きで敵の背後を突ける、武藤嘉紀や南野拓実もより持ち味を生かせるはずだ。
 
「香川真司」という名前は世界中に知れ渡っている。対戦国が要注意人物として最大限のケアをしてくるのは当然だ。だからこそ、香川を経由しなくてもボールをゴール前まで運べるようになれば、その独特な神出鬼没の動きが攻撃を活性化させ、ゆとりが生まれればゲームメイクにも余裕をもって関われるようになるはずである。
 
文:中野吉之伴
 
なかの・きちのすけ/ドイツ・フライブルク在住のサッカー指導者。2009年にドイツサッカー連盟公認のA級コーチングライセンス(UEFAのAレベルに相当)を取得。SCフライブルクでの実地研修を経て、現在はFCアウゲンのU−15(U−15の国内4部リーグ)で監督を務める。