今夏の移籍市場最終日を騒がせた話題のひとつが、アクセル・ヴィツェル(ゼニト)のユベントス移籍が土壇場で破談になったことだった。
 
 両者は以前から、来年6月末にゼニトとの契約が満了したら移籍することで合意していたが、クラウディオ・マルキージオの故障などもあり、移籍金を支払ってでも獲得を1年前倒しする方向でユーベが動いていた。
 
 ゼニトとの間でも合意は成立しており、唯一のハードルは今シーズンからチームを率いるミルチェア・ルチェスク監督が移籍容認の条件にしていた、後釜の獲得だけだった。
 
 実際、ヴィツェルは8月31日、合流中だったベルギー代表の合宿を離れてメディカルチェックのためにトリノ入り。ユーベのクラブオフィスで10時間以上を過ごし、目の前にある契約書にサインする準備を整えていた。
 
 ゼニトはグレミオからブラジル代表歴を持つジウリアーノをすでに獲得していたものの、ルチェスクはそれに満足せず、「即戦力の強力なMFを獲らないかぎり放出には同意しない」という立場を変えなかった。
 
 そこでゼニトはメルカート終盤にセスク・ファブレガス(チェルシー)の獲得を試みたが、本人がロシア行きに乗り気ではなく、またクラブ間でも条件面で合意には至らなかった。
 
 こうしてルチェスクを満足させる後釜を獲得できなかったゼニトは、ヴィツェルの移籍をドタキャンせざるをえなかったというわけだ。
 
 1年後には移籍金ゼロでチームを出て行くことが決まっている選手を2500万ユーロ(約30億円)で売れるというのは、ゼニトにとってはこれ以上ない好条件だ。
 
 しかもヴィツェルは、この移籍を実現するため、ゼニトとの契約書に盛り込まれている、「出て行く時には移籍金の20%をボーナスとして受け取る」という条項を放棄までしていた。
 
 にもかかわらず、ルチェスクが首を縦に振らなかったという理由だけで、この移籍は破談に終わることになった。
 
 もちろんヴィツェルはこの結末に不満を露わにしており、「仮に1月に移籍することになっても20%の権利は放棄しない」、「ましてや契約延長にも応じるつもりは一切ない」とゼニトに通告している。
 
 こうなると、1月に移籍が実現する可能性は極めて低い。ヴィツェルのユーベ移籍は、来夏に持ち越されたと見て間違いないだろう。
 
文:ジャンルカ・ディ・マルツィオ
翻訳:片野道郎
 
※『ワールドサッカーダイジェスト』2016.10.06号より加筆・修正。
 
【著者プロフィール】
Gianluca DI MARZIO(ジャンルカ・ディ・マルツィオ)/1974年3月28日、ナポリ近郊の町に生まれる。パドバ大学在学中の94年に地元のTV局でキャリアをスタートし、2004年から『スカイ・イタリア』に所属する。元プロ監督で現コメンテーターの父ジャンニを通して得た人脈を活かして幅広いネットワークを築き、「移籍マーケットの専門記者」という独自のフィールドを開拓。この分野ではイタリアの第一人者で、2013年1月にグアルディオラのバイエルン入りをスクープしてからは、他の欧州諸国でも注目を集めている。