[J1第2ステージ14節]浦和 4-0 G大阪/10月1日/埼玉
 
 ライバル相手に快勝を飾ったG大阪戦、試合後のピッチでは微笑ましい光景が広がった。ペトロヴィッチ監督が史上6人目のJ1通算500試合出場を達成した阿部勇樹に花束を手渡し、記念撮影を終えると、不意に背番号22の頬にキスしてみせたのだ。いかに、阿部がグラブにおいて偉大な存在であり、愛されている選手かを証明するシーンだった。

【浦和 4-0 G大阪 PHOTO】 ハリル御前試合、宿敵G大阪相手に浦和が4発快勝

 浦和は立ち上がりから、前線3枚だけでなく阿部と柏木陽介の2ボランチも積極的にプレスをかけた。G大阪の長谷川健太監督は、1枚ならまだしも、両方が前に出てくることは、「想定外」(長谷川健太監督)だったと明かしたが、中盤でイニシアチブを取り、波状攻撃を陰で演出したのがキャプテンの阿部だった。
 
 J1初出場を果たした1998年8月5日のG大阪戦から足掛け18年。レスターへの移籍で2年間の"空白期間"がありながら、史上最年少の35歳25日で500という数字を積み上げた。しかしながらも、この日の“主役”は「試合に勝たないと意味がないので、何よりも勝ったことが一番です」とメモリアムゲームでもフォア・ザ・チームのスタイルを貫いた。そんな阿部に代わって、ペロトヴィッチ監督は記録の意義と彼の存在についてこう説明する。
 
「阿部という選手は素晴らしいプレーヤーであると同時に、素晴らしい人間性を持っている。その阿部が500試合を達成したというのは、監督として非常に喜ばしいことであり、彼のような選手とともに、仕事ができることに私は幸せを感じている。どの指導者が来てもプレーできるのは、彼のプレーヤーとしての質の高さを示しているし、(この記録は)どの監督の下でも重宝されてたことの証だろう」
 
「彼のようなプレーヤーが日本にいることは、日本のサッカー界において、すべての人の見本になる。そして、彼が浦和でプレーすることはサポーターにとって誇りであると思うし、彼がプレーしている姿を見られるのは、我々にとって素晴らしいことだ」
 
 阿部自身、はJ1初出場とJ1初ゴール(99年4月10日の神戸戦)は今でも覚えているという。
 
「デビュー戦はVゴール負けでしたね。(89分に)スコルテンとの交代で途中出場した。マークの受け渡しがはっきりしなくて、播戸(竜二/現・大宮)さんにやられたのを覚えています。初ゴールはミスキックが入っちゃった感じ(笑)」
 記録に一切興味を示さない阿部だが、これだけ出場を積み重ねられたことに関しては、「毎試合、キツイ戦いが待っている。目の前に全力を尽くす、その繰り返しですよ」と要因を語った。そして、その目は喜びに浸る間もなく、ルヴァンカップとリーグ戦の残り3試合に向けられている。
 
「良い試合した後に、どう戦えるか。勝った中にも課題はあるし、どの位置(順位)にいても(優勝は)簡単ではない。今日みたいに全力を出して戦えば結果はついてくるから、まずはルヴァンカップ(準決勝)で勝って、埼玉スタジアムで行なわれる決勝に駒を進めたいです」
 
 ペトロヴィッチ監督は花束を渡した際、阿部に「これからも、ともに戦っていこう」とメッセージを送ったという。当の阿部は「良い言葉をかけて頂いた」と詳細を語ることは避けたが、彼の中ではっきりしているのは、監督にタイトルをプレゼントしたいという強い想いだ。
 
「イギリスに行って戻ってきて、ミシャとやりたいという気持ちがあった。でも、これまで一緒に戦ってきて、まだ喜ばせることができていない。何とか監督が喜べるような結果を出したいし、それがモチベーションになると思う。いっぱいチュー(キス)されるように、結果を残さないと(笑)」
 
 リーグ戦、ルヴァンカップ、天皇杯とタイトルの可能性は数多く残されている。前節の広島戦、そしてこの日のG大阪戦のようにチーム一丸となった戦いができれば、師弟による“歓喜のキスシーン“がきっともう一度見られるに違いない。
 
取材・文:小田智史(サッカーダイジェスト編集部)