サッカーの試合は天秤のようなものである。
 
 両チームは刻々と変化するなか、押し合いへし合い、力と技で応酬する。天秤は常に変化しながらも、どうにか平衡を保っている。しかし、不意にどちらかに傾くことで、風景は一変する。一方は見下ろし、一方は見上げる。前者が後者を凌駕することになる。
 
 わずかなきっかけが、天秤をぐらりと動かす。
 
 例えば、終盤にリードを守ろうとしたチームが、DFの枚数を増やし、5バックにする。守備を分厚くするという点では成功しているように映る。しかし、思いがけない作用が働く。
 
 追いつこうとするチームにとって、後ろを分厚くしてくれたことで、簡単にボールを敵陣に持ち運べるようになる。同時に、攻められる可能性が減ったことで、総攻撃にかかれる。相手をゴール前に押し込むことで攻撃を繰り返し、得点の率を上げることができる。
 
 たったひとりの選手を代え、システムを変えただけで、試合の流れが一変する。それがサッカーの奥深さだろう。
 
 先日のチャンピオンズ・リーグ、グループステージ第1節でのスポルティングは、前年王者のレアル・マドリーを相手に、後半途中まで互角以上の戦いを演じていた。
 
 しかし、右サイドを蹂躙し、試合を引き回していたジェウソン・マルチンスが下がると、途端に流れを失った。右サイドの猛攻が、後方から攻め上がる敵を封じ込め、それによって相手のディフェンス全体に混乱を与え、後手に回らせていたが、この交代策で“フタを外して”しまったのだ。
 
 結果、スポルティングは89分に、かつてこのクラブに在籍していたクリスチアーノ・ロナウドのゴールで同点とされ、アディショナルタイムに逆転弾を食らった。
 
 戦いは一筋縄にはいかない。
 
 2年前のブラジル・ワールドカップ、グループステージの最終戦で日本は、コロンビアと戦い、前半は互角以上の戦いを見せた。
 
 先制点は奪われたものの、長谷部誠を中心にポゼッションゲームを展開。能動的に戦い、大久保嘉人、内田篤人らが好機を作った。終了間際には、本田圭佑のクロスに岡崎慎司が合わせて同点弾。ディフェンスも相手のパスの出所を遮断し、焦りを誘発させていた。
 もっとも、コロンビアには、あらかじめ戦略があった。ディフェンスラインを下げ、ブロックを作り、攻撃はカウンターに限定したのだ。
 
「日本は頭から積極的に攻めてくるので、前半は辛抱することになっていた。相手が疲れた後半に試合を決める。そういうプランだった」
 
 コロンビアの左SB、パブロ・アルメロは後にこう語ったが、その通り、後半にファン・フェルナンド・キンテーロに代わってエースのハメス・ロドリゲスが入ると、様相は激変した。
 
 キンテーロは1本のパスで勝負を決めようと急ぎ過ぎ、いたずらにボールを日本に渡していたが、ハメスは落ち着いて起点となり、主導権を握った。そして波状攻撃によって2-1と均衡を破る。背番号10の投入によって、試合の局面は明らかに変化した。
 
 一方、日本も諦めない戦いを見せる。本田から出たパスを内田が持ち込み、岡崎に当て、リターンを内田が流し込み、ニアで大久保が合わせる高度な攻撃を展開。しかし、ゴールが生まれない。香川が空回りし、得点機をモノにできなかった。
 
 すると、焦りが増幅したのか、カウンターを立て続けに浴び、ここでディフェンスが脆弱さをさらけ出す。吉田麻也がハメスのフェイントに倒れ込むシーンは、象徴的だった。
 
 結局、1-4のノックアウト負けである。
 
 スコアほど内容に差がある試合ではなかったと言える。しかし、選手交代を機にコロンビアの戦略が動き出すと、日本は何もできなかった。前半と後半では、選手たちは全く違う景色を目にしたはずだ。
 
 勝負は天秤、どうにでも転ぶ。
 
 間もなく迎えるロシアW杯最終予選のイラク、オーストラリア戦で、日本は流れを掴めるのか。戦力的には優位だ。
 
 しかし、天秤が動いた時、それは抗えるものではない。
 
文:小宮 良之
 
【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『おれは最後に笑う』(東邦出版)など多数の書籍を出版しており、2016年2月にはヘスス・スアレス氏との共著『「戦術」への挑戦状 フットボールなで斬り論』(東邦出版)を上梓した。