「日本のスタジアムは優しい。イタリアとは天と地の差ほどある」
 
 10月4日、帰国後すぐに埼玉スタジアム2002・サブグラウンドでの日本代表練習に合流した本田圭佑は、メディア取材の最後にそう語った。
 
 きっかけは、ある記者の「ミラノでのサポーター文化に関する発言の真意は?」という質問。帰国直前のサッスオーロ戦(10月2日のセリエ7節)後、本田は取材陣の前でミラン・サポーターのブーイングに苦言を呈していたのだ。
 
「日本のスタジアムは、サッカーが観たくて観たくてという人で満員になっているわけではなくて、日の丸を応援するみたいな雰囲気がある。オリンピックに近いというか、極端に言えばバレーボールでもラグビーでもよくて、日本が勝てばいい、日本が頑張っていればいいという感覚がある。だから俺も日本代表として、あくまでサッカーを通じてですけど、サポーターのみなさんに貢献していきたいという思いがあります」
 
 そんな日本のサッカー文化に理解を示す一方、以前には「勝てなければブーイングされるのは当たり前。批判は受け入れます」と語っていた本田。しかし、イタリアのサポーター文化はもはや“行き過ぎ”ていると感じているという。
 
「ブーイングに関しては、まあ日本はないですよね。でも逆に俺は、ミランのサポーターはブーイングをしすぎていてダメだと思っているんですよ。例えば、試合に負けていると、ミランのサポーターは完全に見放すんですね。そこに愛情は一切感じられない。まあ、『嫌いになったから、お前らは見放す』っていうんなら、それはそれで仕方がないんですよ。でも、勝ったらいきなり『家族』に戻るんですよね(苦笑)。数字(結果)の問題だけなのかと。だから、こないだの試合後に、何かを変える必要があると言わせてもらったんです」
 
 クラブ関係者や選手はもちろん、メディアやサポーターに至るまで“結果至上主義”がいまだ蔓延るイタリアは、異常と表現して差し支えないほどのプレッシャーがサッカー界を覆っている。それが昨今のカルチョ地盤沈下の大きな理由になっているという声は少なくない。
 
「いまイタリアがこうした状況になってるのって、俺はそんなとこが影響していると思っていて。要は結果にだけ執着している。スーパーなタレントがいれば大きなプレッシャーも受け流せるけど、ミランもイタリア代表も今はそんな選手ばかりではなくて。物事を良くしていく中で、そんなドライな感覚だけでは状況を打破できない。マルディーニやガットゥーゾみたいな選手が出てこないとダメだってことになる。でも、現状いるメンバーで再建を目指すんであれば、選手を突き放して萎縮させても……。まあ、サン・シーロ(ミランの本拠地)の雰囲気が分からないと、この感じは分からないかもですが……」
 本田が名前を挙げたパオロ・マルディーニとジェンナーロ・ガットゥーゾは、言わずと知れたミランとイタリア代表のレジェンドだ。彼らが超一流たりえたのは、テクニックやフィジカルなどの能力はもちろん、チーム内外のどんなプレッシャーにも動じないパーソナリティー(メンタルの強さ)を備えていたからだった。
 
 試合中は小さなミスの度に大きなブーイングを浴び、試合後は時としてティフォージ(熱狂的サポーター)に恫喝と言えるほどのバッシングを浴びる特異な環境で生き延びるのは、たしかに簡単ではない。誰もが認める才能を持ちながら、メンタルが追い付かず、徐々に萎縮して伸び悩むタレントがとりわけイタリアで多いのは、まさにそれゆえだ。
 
 とくに昨今のミランは、かつてのような常勝軍団から中堅クラブ並みチームに成り下がった(過去3シーズンのセリエA順位は、8位、10位、7位)こともあり、サポーターからの風当たりが極めて強い。
 
 そんな中でも、昨シーズンに16歳でミランの正GKに定着したジャンルイジ・ドンナルンマは極めて稀なケース。この本田の同僚が何よりも高く評価されているのは、196センチという十二分な体格でも、極めて鋭い反射神経でもなく、そのメンタル的なタフネスだ。
 
 現在17歳のドンナルンマはミスを犯し、ファンからブーイングを浴びても、チームメイトや監督に怒られても、動じる素振りをまったくと言っていいほど見せず、何食わぬ顔で次のプレーに備える。そんな強靭極まりないパーソナリティーこそが、“ジャンルイジ・ブッフォンの真の後継者”と呼ばれる所以だ。
 
 逆に同じくミランで言えば、デビュー当時は“マルディーニ2世”と謳われたマッティア・デ・シリオがいまいち突き抜けられないのは、サポーターが極めて手厳しいミランの環境に精神面が耐えられていないからとの見方が少なくない。
 
 本田が“あえて”イタリアのサポーター文化に苦言を呈したのは、ミランでドンナルンマやデ・シリオを含めてそんなケースを何度も目の当たりにしてきたからこそだろう。