ここ10年における日本代表のトップ下の変遷を振り返れば、その代表格に挙げられるのは中村俊輔と本田圭佑、そして香川真司の3人になるだろう。
 
 パサータイプの中村は、その卓越した技術と視野の広さを生かし、典型的な司令塔として攻撃の全権を掌握。ボールに触ってこそ生きるタイプで、前線に止まるだけではなく下がってボールを受けてはサイドに散らし、高い位置で受けた際には急所を突くスルーパスで数々の好機を演出した。
 
 本田の場合は、トップ下でありながらもその役割はポストプレーヤーに近かった。身体の強さを生かしたキープ力に優れ、高い位置でタメを作って全体の押し上げを促した。ここで時間が作れたからこそ前線に人数をかけられ、バイタルエリアでの細かいコンビネーションが可能となった。サイドバックのオーバーラップの頻度も高く、クロスからゴールが生まれる機会も多かった。
 
 そして香川のトップ下は、シャドーストライカーに分類されるだろう。正確な技術と敏捷性を生かし、エリア内でこそ輝きを放つ現日本代表の10番は、周囲との連係からバイタルエリアに侵入。そのアジリティを存分に発揮し、狭いスペースで相手守備陣を翻弄するプレーに長けている。前に張ってボールを待つのではなく、ボールに触りながらリズムを生み出すタイプであり、自在なポジショニングからフィニッシュに絡むのが彼の真骨頂だろう。
 
 では、イラク戦でトップ下を務めた清武弘嗣のイメージはどのようなものか。あらゆる攻撃スキルをハイレベルで備える清武は、パサーでもあり、ポストプレーヤーでもあり、シャドーストライカーにもなれるだろう。
 
 しかし、攻撃の主役を担うトップ下特有のエゴイスティックな部分を打ち出さない背番号13は、イラク戦でも常に周囲をお膳立てしようという意図が、そのプレーからは窺えた。ポジショニングに気を配り、ボールを受ける味方を常にサポートしていく。清武のトップ下をカテゴライズずるなら、いわば“黒子的なトップ下”となるだろう。
 
 先制点の場面でもドリブルで持ち上がり右サイドの本田に展開したのち、ストライカータイプのトップ下であれば、そのままエリア内に入り込んでいったはずだ。しかし、清武は「ああいった追い越す動きはアジアではついてこれない」と判断し、大外を回って本田のパスを引き出している。おそらくあの動きは香川の選択肢にはなかったプレーだろう。
 
 他の場面でも清武はサポート役に徹していた。たとえば岡崎に長いボールが入ると、そのすぐ後方に位置取り、岡崎からの落としを確実に受けて、次のプレーに展開していく。そのままダイレクトでパスを通しシュートチャンスに結びつける場面もあれば、ドリブルで別のエリアに運ぶシーンもあったが、この清武の“つなぎ”が攻撃の起点となっていたのだ。
 
 とりわけ縦に速いサッカーを標榜する今の日本のサッカーは、前線に人数が足りない場面が目立つだけに、清武の“つなぐ”ためのポジショニングが、大きな肝となっていた。
 もっとも当の本人は、日本代表における自身のトップ下像をまだ把握しきれていないようだった。
「僕もまだ分からないんですよ。試行錯誤なんで。代表はみんな上手いから自分が下がってボールを受けなくても、ボールは出てくる。でも、もっとボールを触りたい、リズムを作りたいという気持ちもある。前で我慢して待って、落としてもらったボールを背後に出すっていうのを監督は求めているわけだけど、それをやっているとボールタッチ数は少なくなる。そこを考えながらいつも代表ではやっているんだけど……」
 
 この煮え切れない受け答えにこそ、清武の葛藤が浮かび上がる。とはいえ、この日の清武は指揮官の指示を受け止め、その役割を全うしていた。そう結論付けられるプレーを見せていたのは間違いない。
 
 一方で、この日の日本は決して多くの決定機を作れていたわけではない。最も得点の予感を漂わせていたのが、吉田麻也のパワープレーでは、決して攻撃が機能していたとは言えないだろう。
 
 ゴール前でなかなか脅威を与えられなかったのは、“トップ下香川”の不在が少なからず影響を与えていたはずだ。エリア内に入り込む香川の動きはやはり異質で、清武には求められないものである。
 
 となると今後見据えるべきは、香川と清武の共存だ。清武が果たす“つなぎ”の役割は、決してトップ下のポジションである必要はない。周囲をサポートできるのであれば、それは右でも左でも問題はないはずだ。
 
 単独で仕掛けられ、2試合連続ゴールを奪い、何より指揮官好みの闘う姿勢を備える原口元気は外せないだろう。一方でボールロストを連発し、フィニッシャー役としても機能しきれなかった右の本田圭佑は? 岡崎が右サイドに流れる機会が多かったことも考えれば、答えは自ずと浮かび上がる。
 
取材・文:原山裕平(フリーライター)