日本の選手たちは、身体をぶつけて競い合う意識が希薄でフィジカルが強くない。それは歴代の日本代表監督に限らず、すでに来日した多くの指導者や選手たちが指摘してきた。欧州から駆けつける選手のコンディションが整わずベストパフォーマンスを発揮し難いことも、アルベルト・ザッケローニ元監督が繰り返し口にした。
 
 一方でザッケローニ時代の後期は、メンバー固定で閉塞感が漂ったが、その傾向は現体制になってもあまり変わっていない。ブラジル・ワールドカップ後に就任したハビエル・アギーレ監督は、当初大胆な選手の抜擢で驚かせ、実際に招集した選手を即座に起用する果敢さもあったが、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督に独自の視点は乏しく、高齢化には歯止めがかからない。
 
 もちろんハリルホジッチ監督が、難しいタイミングで引き継いだのも事実だ。ワールドカップ予選の時期を考えれば、大胆な実験を施す時間は限られ、むしろ早急に勝てるチームを仕上げる必要があった。しかしそれにしても、現状でハリルホジッチ招聘のメリットは、どこにも見られない。確かにフランスやアルジェリアでは卓越した仕事をした。だが同じ発想で日本代表を強化していくのは無理がある。特に欧州やアフリカ側からすれば、アジアや日本の事情は別世界で、状況に即したチーム作りが必要になる。つまりいくら実績があっても、日本に適したアイデアを持たない指導者は適性を欠く。そういう意味では、指揮官本人より選択した技術委員会の責任が重い。
 
 例えば、イビチャ・オシム監督には、千葉時代に日本を観察する期間があった。また同時に弱者を強化する独特の視点もあった。さらに判り易いのが、なでしこジャパンの強化方法だ。日本の女子選手たちは、世界に出ると圧倒的なフィジカルのハンディを抱え、それは男子の比ではない。場合によってはFWが対戦相手のDFに走り負けるほどで、当然デュエルで勝負をしていたら話にならない。それでもテンポ良く丹念にボールを動かすことで、相手を走らせて活路を開いた。
 
 ところがハリルホジッチ率いる日本の戦い方は、ほとんどイラクとも区別がつかなかった。選手同士の距離は離れ、テンポの良いダイレクトパスは皆無に等しく、吉田麻也が最終ラインからロングボールを放り込み、終盤には原口元気が単独ドリブルでロングカウンターを仕掛けるしかなかった。挙句にアディショナルタイムは6分間もあるのに、吉田を最前線に上げてパワープレーに徹した。
 一方で今では本田圭佑は、完全に逆サイドからのクロスに対するヘディング要員と化している。おそらくそれが精彩を欠いても起用し続ける理由だ。やはり根底には高さ重視の傾向があり、槙野智章、丹羽大輝、遠藤航らCB系の選手を次々にSBで試して来た経緯が、それを物語る。盛んにデュエルばかりを強調することからしても、発想の軸にはリアクションがあり守備がある。
 
 オシム、吉武博文、あるいは佐々木則夫らの各指揮官は、長所を生かすことから日本化を押し進めようとしたが、ハリルホジッチ監督の発想は欧州の強豪国と比較して何が足りていないかに端を発している。
 
 少なくとも日本は、せめてアジア内ではひと目で判る特徴的なスタイルで戦って来た。だから逆に、支配率やチャンスの数との比率で決定力の乏しさがクローズアップされて来た。しかしハリル時代に入って、肝心な特色さえも消えた。まさしくイラク戦は、ミスジャッジに救われ、勇気とプライドで手繰り寄せた勝利だった。
 
 浦和のミハイロ・ペトロヴィッチ監督は、日頃から日本の事情について皮肉る。
「日本では結果ばかりで判断する習慣があるが、私は内容に拘っている」
 
 確かに結果で一喜一憂するのではなく、質を見極め未来に向けて適切な判断を下すのがプロの現場の仕事である。日本が日本らしさをすっかり失った今、軌道修正の遅れは致命傷になりかねない。
 
取材・文:加部 究(スポーツライター)