10月9日にアルバニア代表とワールドカップ予選を戦ったスペイン代表。その試合後のミックスゾーンで発表された「ジェラール・ピケの代表引退」というニュースは、2−0で勝利した試合内容よりも現地メディアで大きく報じられた。
 
「別に今日決めたことじゃない。もうしばらく前から考えていたことだ。2018年のロシア・ワールドカップをもって代表を引退する。疲れたんだ」
 
 ピケが言う「疲れた」というのは、彼に浴びせられる自国サポーターからの批判のことだ。
 
 思ったことをすぐに口にしてしまう性格のピケは、カタルーニャ独立支持を含めて度々その言動が問題視され、スペイン国内でブーイングを浴びてきた。生粋のバルセロニスタゆえ反レアル・マドリーの精神も強く、事あるごとにマドリーを揶揄。クリスチアーノ・ロナウドや代表でチームメイトだったアルバロ・アルベロア(現ウェストハム)らと舌戦を繰り返してきた。
 
 結果、マドリー側のメディアやサポーターに目の敵にされる。件のアルバニア戦でピケは、「長さが微妙だったから」と長袖ユニホームを自ら切って半袖にして着用していた。すると、「赤と黄色のストライプ(スペイン国旗)をわざわざ切った」と激しく糾弾された。
 
 スペイン・サッカー連盟が公式HPで異例の発表をしたように、そもそも長袖ユニホームにストライプは付いていなかった。つまり、完全な“言いがかり”だったわけだ。本人曰く、この一件で「しずくでコップはいっぱいになった」という。
 
 この騒動の後、『マルカ』紙が行なった緊急アンケートでは、90%以上の人が「ピケの決断を理解できる」と回答。マドリー寄りのメディアまでもが、「考え直してくれ」というピケの代表継続を求めるキャンペーンを“今さらながら”張っている。
 
 ピケが公言したのは、即ではなく、ロシア・ワールドカップ限りでの引退である。これまでの経緯を考えれば、今夏のコパ・アメリカ・センテナリオ後にアルゼンチン代表引退を表明するもすぐに撤回したバルサの同僚リオネル・メッシのように、決断を覆す可能性は極めて低そうだ。
 しかし、スペイン国民が1年半後のピケ引退よりも憂いるべきは、後継者が育っていないことだろう。
 
 カルレス・プジョール、セルヒオ・ラモス、そしてピケを輩出して以降、スペインには真のワールドクラスと呼べるCBが生まれていない。彼らがEURO2008から前人未到のメジャートーナメント3連覇という黄金時代を築けたのは、中盤と前線にタレントが集まったからだけではない。プジョール、S・ラモス、ピケという守備陣の奮闘あってこそだった。
 
 攻撃的な選手が多く前掛りになりがちにチームの中で、後方を支える彼らの存在は極めて大きかった。前線と中盤に大柄な選手がほとんどいない中、セットプレーでも攻守でCB陣が鍵を握った。
 
 そんなS・ラモスとピケの時代も、終焉を迎えつつある。ロシア・ワールドカップでピケは31歳。万が一、引退を思いとどまったとしても次のEUROでは33歳、カタール・ワールドカップでは35歳だ。
 
「ユーロ2016のイタリアのセンターバックを見れば十分いける」
 
 スペイン国内にはそんな意見もある。
 
 たしかに、EURO2016で35歳のアンドレア・バルザーリと31歳のジョルジョ・キエッリーニは、際立ったパフォーマンスを見せた。スペインはイタリアの老獪な守備陣を崩しきれずベスト16で敗退しているだけに、尚更その印象が強いのだろう。
 
 しかし、ピケが彼らと同じように三十路を越えても活躍できるとは思えない。
 
 何よりもまず、両国には守り方に大きな違いがある。バルサとスペイン代表では、最終ラインの位置がユベントスとイタリア代表よりも、5メートル、場合によっては10メートルも前方に設定されている。
 
 だからピケは、基本的に後方にスペースがある状態でプレーしてきた。ベテランの域に差し掛かるこれからもそうだろう。普通のCBのタスクのみならず、後方の広大なスペースをカバーするスピードと運動量が求められる。
 
 そもそもピケは、スピードがあるタイプではない。35歳になっても、最終ラインを高く押し上げたまま、後方のスペースまでカバーできるとは考えにくい。もちろん、ユーベやイタリア代表のように3バックで深く引いた守備をするのであれば別だが、バルサとスペイン代表の考え方は真逆だ。ここ数年間でそれが変わる可能性はほとんどない。
 
 アルバニア戦ではS・ラモスが、全治1か月半の怪我を負った。この相棒はピケより1歳上で、ロシア・ワールドカップ後も頼りにできる保証はない。後継者探しは急務だ。
 
 第一候補は能力的にハビ・マルティネス(バイエルン)だが、いかんせん怪我が極めて多い。マルク・バルトラ(ドルトムント)やナチョ(R・マドリー)、イニゴ・マルティネス(R・ソシエダ)らは、そもそものクオリティー的に大きく見劣りする。
 
 今さら温かい言葉をかけてピケに再考を求めるよりも、本当にスペインがしなければならないのは、次世代を担いうるCBを探し当て、育てていくことだろう。
 
文:豊福晋
 
【著者プロフィール】
1979年、福岡県生まれ。2001年のミラノ留学を経て、フリーで取材・執筆活動を開始。イタリア、スコットランドと拠点を移し、09年夏からはスペインのバルセロナに在住。リーガ・エスパニョーラを中心に、4か国語を操る語学力を活かして欧州フットボールシーンを幅広く、ディープに掘り下げている。独自の視点から紡ぐ、軽妙でいて深みのある筆致に定評がある。