あるJリーグの監督が、現在の世代交代の遅れを招いたのは、ハビエル・アギーレだと指摘していた。
 
「一時的にチーム力は落ちるかもしれないけれど、アギーレが大胆な世代交代を図らなければいけなかった。逆にそれをやってくれなければ、外国人監督を雇うメリットはない」
 
 この監督は、日本人の最大の弱点が、新しい発想への切り替えや若い才能を見極める眼力だと考えているのだと思う。確かにキャリア優先型の日本社会で、実績の少ない若手の抜擢は異端視されがちだ。だから、そこを外国人に託すなら理に適っているというのだ。
 
 実際にアギーレ前監督は、多くの新戦力を引き上げ、招集した選手を躊躇なく使った。だがそれをヴァイッド・ハリルホジッチ監督には求められなかった。アギーレには実質4年間が与えられたが、ワールドカップ予選を控えたハリルホジッチには猶予がなかった。要するに冒頭の監督の言葉を借りれば、アギーレ解任の時点で外国人監督を雇うメリットは消えていたことになる。
 
 おそらくオーストラリア戦は、ほぼハリルホジッチ監督が描いた通りの試合だったはずだ。元浦和のスピラノビッチが「まさか日本があれほど極端に守備的に来るとは」と驚いたそうだが、前回ブラジル・ワールドカップでのハリルホジッチ監督の采配を見れば当然の流れだ。アルジェリアを率いた同監督は、ベルギー戦ではるかに守備的な戦術を徹底していたからだ。
 
 不思議なのは、ハリルホジッチ監督を招聘したのが、2010年南アフリカ大会での岡田武史采配を「今後日本が目指す方向にそぐわない」と否定した原博実技術委員長(当時)だったことだ。ハリルホジッチ監督は、こうして対戦相手や状況に応じて、戦略を変え結果を追求する現実的な策士だ。
 
 例えば指揮官は、オーストラリア戦での香川真司のパフォーマンスに納得している。90分間使い続けたことが、それを証明している。香川はチーム戦術に則り、広範囲に足を動かし、勤勉に守備をした。それでピンチを未然に防いだシーンも少なくない。しかしその役割なら香川以外にも適任者はいる。また香川が守備に追われ下がってしまうとどうなるかは、ブラジル大会のコートジボワール戦で検証済みだった。
 
 一方で結果的に引き分けたが、もしオーストラリアが従来のように引いた日本を相手に躊躇なくハイボールを放り込んで来たら耐えきれただろうか。結局技術委員会は、過去の経緯から何を学び、どういう根拠でハリルホジッチという人選に繋がったのか。そこに整合性が見られない。
 
 もともと就任のタイミングを考えれば、ハリルホジッチ監督は大筋で過去の人選を継続するしかなかった。逆に下の世代の突き上げがないのに、強引な代謝を図ればすでにワールドカップは遠退いていた可能性もある。実は中長期的に見れば、日本サッカーは育成面でさらに大きな問題を抱えており、それは代表監督を誰にするか、などよりずっと根深い。
 
 ドイツが前世紀末の一時的な不振から復興を果たしたのが、育成改革に端を発しているのは周知の通りだ。今でもドイツは、定期的に「どんなサッカーを目指すから、こういう選手の育成を心がけてほしい」と全国の隅々にまで通達している。どの年代で何を優先し、最終的にどんな選手を育てて、どういうサッカーを描いていくのか。それをすべての関係者が共有し、足並みを揃えている。
 
 だがドイツよりはるかに競技人口が少ない日本では、指導者間で肝の部分の共通認識がない。極端に言えば、選手を壊すためにグラウンドに立つような人物も目立ち、プレーヤーズ・ファーストさえも徹底されていない。この土壌の改善なくして大きな収穫は望めないのだ。
 
 18年前に日本は初めてワールドカップに挑戦した。参加は32か国で「1勝1敗1分け」でグループリーグ突破を目指した岡田監督は、アルゼンチン、クロアチアとの連戦でなんとか勝点1を取るために入念な準備をした。どちらも1点差の惜敗。そこまでは悪い結果ではなかった。ところが勝点3を計算したジャマイカにも敗れてしまった。ただし当時の日本サッカーの経験値を考えれば、おそらくそれが精一杯だった。
 
 今ハリルホジッチ監督が進めていることは、あまり当時と変わらないように映る。つまり指揮官は、世界のなかでの日本の立ち位置は、20年前と同じだと見ているのかもしれない。そしてそれが誤りだと反論するのは難しい。
 
取材・文:加部 究(スポーツライター)