7月初旬、鹿島のクラブハウスを訪れると、練習のピッチには内田の姿があった。パスゲームもこなし、正確なロングボールを何本も味方に通す。右膝の状態は見るからに良くなっており、そう遠くないうちに復帰できるだろうという期待感を持てた。
 
 その後、シャルケで復帰に向けて調整を続ける内田が10月4日にはMRI検査で「良い結果」を得た。カムバックに向けてひとつ階段を上ったわけだが、そこに至るまでの苦労などを本人の声で振り返りたい。以下のインタビューは、7月にシャルケへ渡る前に記録したものだ。

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──鹿島でリハビリをして以降のコンディションは?
 
「逆に、訊きたいです。どんな風に見えました? (鹿島で)練習中の僕は?」
 
──だいぶ動けていますね。
 
「僕もそう感じています。ある程度のところまでコンディションは戻ってきていますよ」
 
──ロングボールもバンバン蹴っている姿が印象的でした。
 
「普通に蹴れるようになりましたね。怖さはほとんどないです。むしろ、気をつけているのは基本動作。止まる、ターン、ジャンプ、これらが膝に一番負担がかかる。筋力トレーニングもそう。怖いのは、室内で“ブチッ”というアクシデント。足を着いた際の“ブチッ”というのも嫌ですけど、その辺は慣れですね」
 
──フィジカルコンタクトもこなせていますか?
 
「まだやってないです。たぶんできるとは思うんですけど、(鹿島の)石井監督とも相談してやらないようにしています。ここで怪我をして、アントラーズに迷惑をかけるわけにはいかないので」
 
──今年の1月後半、シャルケの全体練習に一度は合流しながらも再離脱してしまいま
した。当時の状況を改めて教えてもらえますか?
 
「1月に検査を受けた時はまだ痛みがあって。でも、『問題ない。この程度ならやっているうちに治るだろう』と言われて全体練習に合流したんですけど、全然良くならない。むしろ、悪化して……。筋力も落ちてきたから、『これはちょっと無理だな』と思って離脱しました」
 
──昨年末あたりには「夜に痛みがあったり、なかったり」と言っていましたが、今はどうですか?
 
「夜に痛みが出たり、腫れたりするのは膝の調子を図る目安みたいなものです。昼間に練習をして、夜に膝が熱くなると『負荷をかけすぎたかな』という感じ。今はあまりそうならないので、状態はたぶん良くなっています」
──1月の再離脱から今日まで、気持ちの部分で萎える時期もあったのでは?
 
「日本に帰ればリフレッシュできて膝の状態も戻ってくると思っていましたけど、3月になっても回復の糸口が見つからない。その時は正直、治る気がしなかった。『ちょっと、これ、どうしようかな』って」
 
──苦しい状況下で、内田選手を支えてくれたものは?
 
「その時に出会って、友だちになった人たちですね。サッカーの仲間じゃないし、高校からの付き合いでもないけど、ご飯を行くようになって。その場にいるだけで面白かった。苦しい時期に会って、リラックスできる仲間ができたのは大きかった」
 
──『JISS』(国立スポーツ科学センター)で出会った人たちですか?
 
「違います。アスリートではなくて、普通の友だち。面白いんですよ、みんな。ひとりになりたくない時、一緒にご飯を食べてくれて。その時間が楽しくて、膝のことをちょっとだけ忘れさせてくれる。
 
 これだけ長い間、ずっと膝のことを考えるのはきついので、やっぱり気分転換は必要。そういう意味で、感謝しています。膝の怪我について? もちろん、訊かれますよ。説明したところで分かってもらえるはずはないけど、他愛もない会話の一部として聞いてもらえればそれでいい。辛い時に出会える仲間は大切にすべきだということを痛感しました」
 
──聞いた話では、今年の誕生日(3月27日)はひとりで過ごされたとか。
 
「ああ、ひとりでホテルの天井を見ていたかな(笑)。次の日にリハビリがあったので、(実家がある)静岡から東京に出てきたけど、結局誰からも誘われず、天井を見て終わった、たしかそんな感じでした」
 
──なぜ鹿島でリハビリを?
 
「帰国して、最初は『JISS』でリハビリしながらいろいろチェックして基礎の部分を作りました。そこまで行くと、次はチームトレーニングをしたい。だから、僕の古巣であるアントラーズにお願いしました。
 
 それに、フィジオセラピスト(理学療法士)の塙(敬裕)さんがいたのも大きかった。自分と同い年で、膝に関するフィーリングが合う。彼、腕は間違いなく良いですよ。だって、すぐ良くなりましたから。それまで全然ダメだったのに、参加初日からいきなりダッシュができるようになったんですよ。
 
 膝を触ってもらいながら、僕が『こうだと思う、骨の位置が』と伝えると、『そうだよな、こうしてこうすればいいんだ』って返してくれる。で、良くなるんですよ。姿勢も筋力もどんどん戻ってきて、塙さんを頼って正解でした」
──塙さんを知ったきっかけは?
 
「『1回だけ診てほしい』とお願いして、訪ねたんですよ、こっそりと鹿島に。たしか、『JISS』でリハビリをしていた時期でしたね。で、膝の具合を少し診てもらったら、フィーリングが合って。『あっ、この人なら任せられるな』と」
 
──鹿島でのリハビリを、シャルケ側はよく承諾しましたね。
 
「反対はしないですよ。これだけ長いことチームから離れていたら。シャルケでリハビリして復帰できなかった経緯があるから、かえって協力的でした。『ちょっと環境を変えてやりたい。日本に帰りたい』と頼んだ時も、『お前が一番早く復帰できる道を選んでくれ』という感じだったので。信頼関係はできています。シャルケには7年もいますからね」
 
──5月には代表合宿に参加しました。久しぶりに会う仲間もいて、リフレッシュできたのでは?
 
「はい。リハビリする環境が変わって、そこで自転車(エアロバイク)を漕げるようになった。それまで膝が痛くて足に筋力を付けられなかったけど、代表合宿で良いトレーニングができたおかげで一段階上がったという手応えを掴めました」
 
──膝の調子が良くなったのは、ここ最近なんですね。
 
「そう、この短期間に良くなりました。もちろん、それまでの時間も決して無駄ではなかったですけどね」
 
──やはり、「ベース作り」が一番苦しい?
 
「そうですね、そこが一番苦労します。名の付くトレーナーやドクターに何人も診てもらいましたけど、最初は希望が見えなかった。『ここに筋力を付けろ』と言われても、『そこは痛くて付けられない』と思って、ずっと。そんな状態でも、上手くやってくれたのが(日本代表トレーナーの)前田(弘)さんと塙さん。『JISS』の皆さんにはもちろん、ふたりには特に感謝しています」
 
──ドクター、トレーナーとの相性もあるわけですね。
 
「正解は分かりません。だって、みんな違うこと言いますから(笑)。ひとつ確かなのは、自分の怪我が如何に重傷で、大変な手術をした、ということです」
 
──フィーリングが合う塙さんとの出会いはやはり大きかったですね。
 
「塙さんとは本当にフィーリングが合いますからね。自分と同い年だから言いやすいし。『ああしたい、こうしたい』ってストレートに伝えられて、だいぶ助かった」
 
(パート2に続く)
 
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プロフィール
うちだ・あつと/1988年3月27日生まれ、静岡県出身。176?・62?。函南SSS−函南中−清水東高−鹿島−シャルケ(GER)。ブンデスリーガ1部通算104試合・1得点。J1通算124試合・3得点。日本代表通算72試合・2得点。10・14年ワールドカップ出場。08・09年Jリーグベストイレブン。06年のデビュー以来、あらゆる指揮官に重用される右SB。鹿島でリーグ3連覇を経験し、10年夏からシャルケへ。15年6月に右膝の膝蓋腱を手術して戦線離脱中だが、チャンピオンズ・リーグの出場数はここまで日本人最多。早期の復帰が待たれる。
 
取材:白鳥和洋・広島由寛(サッカーダイジェスト編集部)
文:白鳥和洋(サッカーダイジェスト編集部)