インテルの主将マウロ・イカルディが、先週出版した自伝の中にゴール裏を侮辱する虚偽の記述があったという理由で、ウルトラス(熱狂的サポーター)から激しい抗議を受けてキャプテンマークの剥奪を要求されていた問題は、クラブ側がイカルディに対して内規違反で罰金の処分を下し、イカルディは自伝を自費で回収して問題部分を削除した新版を発行することで、一応の決着を見た。キャプテンの座には引き続き留まることになる。
 
 サン・シーロでのインテル対カリアリ戦(1-2)が行なわれた10月16日日曜日の朝から翌月曜日の夕方まで、イタリア・サッカー界の話題を独占したこの「イカルディ自伝問題」。ここでは何よりもまず、事実関係をきちんと整理してお伝えしておくことにしよう。
 
 事の発端は、10月10日に発売されたイカルディの自伝『SEMPRE AVANTI(常に前へ)』に記された、14-15シーズンのサッスオーロ対インテル戦(2015年2月)の試合後、ゴール裏とピッチの間で起きた出来事について描写した部分だった。
 
 序盤にワルテル・マッザーリからロベルト・マンチーニへと監督が替わったこの14-15シーズンのインテルは、後半戦に入っても不振から抜け出せず、この試合でも不甲斐ない内容でサッスオーロに1-3の敗北を喫して順位は13位まで低下。アウェーセクションに陣取ったウルトラスから厳しい怒号を浴びることになった。他のチームメイトがそれを遠くから眺める中、イカルディとフレディ・グアリン(現・上海申花)だけは彼らの下に挨拶に向かう。イカルディはその時の様子を、自伝に次のように記した。
 
「ゴール裏に向かった俺は、ゲームシャツとパンツを脱いで、子供にプレゼントした。ところが、ウルトラのボスがその子に飛びかかってその手からシャツを奪い取ると、軽蔑するようにこっちに投げ返してきたんだ。その瞬間、俺は頭に血が上って我を失った。そいつをぶん殴りたくて仕方がなかったが、無理だったからとにかく思い切り罵ったよ。『この糞野郎、周りに自分の力を見せたくてそんな小さな子供相手に威張り散らしてんじゃねえよ! この恥知らず。お前らみんな恥知らずだ!』。そう怒鳴ってシャツをそいつの顔に投げ返した途端、この世の終わりのような騒ぎになった」

「ロッカールームに戻るとチームメイトたちは拍手喝采を浴びせてくれたけど、クラブの幹部はサポーターが家まで仕返しに来るんじゃないかと心配し始めた。でも俺は折れなかったね。『一人ひとり相手にしてやりますよ。奴ら、俺が南米で一番犯罪発生率が高くて死者数の多い街区のひとつで育ったことを知らないんでしょうね。何人来ますかね? 50人、100人、200人? オーケー、これから俺のメッセージを録音して連中に伝えてください。アルゼンチンから100人の犯罪者を連れてきてやつらをその場で殺してやる、話はそれからだって』。わざわざこんな大げさなセリフを吐いたのは、俺は脅迫に屈するような人間じゃないってことを示すためだった」
 
「1週間後、古株のボスの1人がやって来て謝罪を迫った。俺は答えたよ。俺はあんたたちのだれにも謝る義理はない、もしそっちがそれで良ければ最高だけど、そうじゃないならそれはそれで仕方ないね、チャオ……。いま、俺とクルヴァ・ノルド(北側ゴール裏のスタンド席。サン・シーロでは熱狂的なインテリスタが陣取る)サポーターは、互いにリスペクトし合っている。それが正しいあり方だ」
 これに対して、槍玉に挙げられたウルトラスは、インテル対カリアリ戦の当日である10月16日の午前中、ゴール裏のオフィシャルサイト「クルヴァ・ノルド・ミラノ 1969」を通じて長い声明文を発表し、子供からシャツを取り上げたという一連の記述について事実無根の捏造だとして、イカルディを強く糾弾した。
 
「サッスオーロでの出来事を語るイカルディは嘘つきだ。あの日、チームメイトが彼の胸ぐらをつかんでサポーターに対して傲慢な振る舞いをしないよう要求したことを、ここでわざわざ蒸し返したいとは思わないのだが……」
 
「子供を引き合いに出して、自分の立場が上だと我々に示すためにありもしないことを捏造する。我々は子供たちにコレオグラフィーを手伝ってもらう唯一のゴール裏だと誰もが知っている事実を無視するかのように。その場にいた人々が、そこで本当に何が起こったのか、誰が誰を挑発したのかをすっかり忘れたとでも言わんばかりに」
 
「イカルディと我々の関係は終わった。いま我々はこう要求する。キャプテンマークを外せ、このイカサマ野郎」
 
 ちなみに、このサッスオーロ戦終了後のゴール裏のやり取りの場面については、『You Tube』などネット上にニュース映像やゴール裏から携帯電話で撮影した投稿動画など、いくつかの映像が残っている。それを見ると、ゴール裏最前列に殺到しているのは、選手たちに対して怒りをぶつけようと怒鳴り散らしている頭に血が上った男たちばかりであり、イカルディが書いている子供の姿は見当たらない。その場の状況自体、子供が選手にユニホームをせがむような雰囲気とはかけ離れた、殺気立った空気に支配されていたことが分かる。
 
 ウルトラスの声明文を受けて、イカルディはカリアリ戦の数時間前にSNSを通じて長い、そして釈明じみたコメントを出し、「親愛なるクルヴァ・ノルド」に対して「私は驚き、そして残念に思っています」という和解のメッセージを送った。
 
 しかし、これに何の効果もなかった、それどころかむしろ逆効果だったことは、その日の午後、カリアリ戦のキッキオフ前にサン・シーロで起こった出来事からも明らかだった。ウルトラスはクルヴァ・ノルドに次のような横断幕を張り出し、イカルディに容赦のない罵声とブーイングの口笛を浴びせたのだ。
 
「自分を正当化して我々の顔に泥を塗るために子供を引き合いに出す…お前は男じゃない、キャプテンでもない、ただの卑劣な糞野郎だ」
 
「イカルディ、恥知らずは本を売るために嘘八百を並べ立てるお前の方だ。卑怯な傭兵め」
 同じ頃、スタジアム内のプレスルームでは、クラブを代表する形でハビエル・サネッティ副会長がTVインタビューに応え、はっきりとゴール裏の側に立つようなコメントを口にしていた。
 
「何らかの処分は避けられないと思う。サポーターは我々にとって最も重要な存在であり、リスペクトしなければならない。SNSや本に何を書いても自由だが、インテルという偉大なクラブのイメージを損なうことはあってはならない」
 
 キャプテンが自らのゴール裏からブーイングや罵声を浴び、クラブもその状況を容認するという異様な状況は、それから間もなく始まった試合の内容にも影響を及ぼさないわけにはいかなかった。26分には、当のイカルディがPKをゴールポスト右に外してしまうという失態を演じる。
 
 しかし、サン・シーロを埋めたインテリスタのすべてが、イカルディに対して敵意や憎悪を抱いていたわけでは決してない。実際、PKを外したその直後、クルヴァ・ノルドから待ちかまえたようにブーイングの口笛が降り注いだ一方で、スタジアムの他のセクションからは、イカルディを励ます大きな拍手が湧き上がった。
 
 この事実が示しているのは、イカルディと対立しているのは、自伝の中で槍玉に挙げられたゴール裏のウルトラスだけであり、それ以外の一般的なインテリスタの大多数はイカルディに特別な敵意を持っているわけではないということ。「イカルディ対ウルトラス」という図式は成り立っても、それが直接「イカルディ対サポーター」、「イカルディ対インテリスタ」を意味してはいない点には、注意する必要がある。キャプテンマークの剥奪も、要求しているのはゴール裏のウルトラスであって、それがインテル・サポーターの総意であるとはまったく限らないということだ。
 
 しかし、試合後にマスコミの取材に応じたもうひとりのクラブ幹部、スポーツディレクターのピエロ・アウジリオのコメントも、イカルディを擁護する立場をはっきりと打ち出したものとは言えなかった。
 
「23歳で自伝を書く必要があるという事態は想定していなかった。そこに書かれたことについて言えば、過去の出来事を蒸し返しただけでなく、そこにおそらく事実とは違う脚色を付け加えたとしたら、それは馬鹿げた話だ。とはいえ、今日スタジアムに作り出された雰囲気がチームの助けにならなかったことは確かだ。いま大事なのは、何が起こったのかを把握することだ。クラブとしてどういう立場を取るかはそれからのことだ」
 
 混乱はスタジアムだけでは収まらなかった。試合後、ウルトラスの一部がスタジアムからそう遠くないサン・シーロ競馬場裏にあるイカルディの自宅まで出向くと、マンションの建物と道路を隔てた競馬場の外壁に、皮肉の利いた大きな横断幕を張り出したのだ。
 
「俺たちはここにいる。お前の友達たちがアルゼンチンから着いた時にはちゃんと教えてくれるか? それともまた卑怯な手を使うのか?」
 
 サポーター向けのニュースサイト『FcInterNews.it』では、「イカルディと家族を乗せた車がスタジアムから家に戻ってきた時に、40人ほどのウルトラスが車を囲み、マンションの警備員が拳銃を見せて脅したことで事無きを得た」というニュースが、同じマンションに住む元プロサッカー選手(現在は地元TV局のサッカー討論番組コメンテーター)の証言として報じられた。
 
 しかし、イカルディの妻で代理人/マネジャーも務めるワンダ・ナラは、別のニュースサイト『FcInter1908.it』に「帰りには何も起こらなかった。何の問題もなく家に帰った」とコメントしており、横断幕の件は事実だとしても、ウルトラスによる襲撃の真偽は明らかではない。翌日になって、警察がマンションの監視カメラの映像を押収しており、その分析結果が出れば事実が明らかになるはずだ。
 翌日(17日月曜日)のマスコミの論調は、珍しくかなりばらけたものになった。
 
 ミラノに本拠を置く『ガゼッタ・デッロ・スポルト』紙は、一面上段に「ミランは天国」という見出しでキエーボに勝って2位タイに躍進したミランをフィーチャーし、中段にはさらに大きく「インテルは地獄」という見出しでイカルディ騒動とカリアリ戦の敗北にあえぐインテルを取り上げるという形で、地元ミラノの2チームを対比させた。
 
 興味深かったのは、「イカルディとキャプテンマーク、危険なゴール裏」というタイトルの論説記事だ。無条件でウルトラスの側に立つコメントを出したサネッティ副会長と、そのウルトラスの振る舞いに反発してイカルディ支持の姿勢を打ち出したゴール裏以外のサポーターとの“食い違い”に触れ、イカルディの自伝の内容をチェックできなかったことも含め、インテルのクラブとしての対応に問題があったのではないか、と指摘する記事が掲載されたことだ。
 
 同じRCSグループ(オーナーはトリノ会長でもあるウルバーノ・カイロ)が発行する一般紙『コリエーレ・デッラ・セーラ』が中立的な立場を保ったのに対して、同紙と発行部数トップを争うライバル紙『ラ・レプブリカ』は、スポーツ面のトップに「我がキャプテンよ、さようなら:インテルはウルトラスと向かい合うイカルディを見放す」という見出しを打ち、クラブの姿勢を批判する立場を明確にした。
 
「サポーターは何よりも重要だ、とサネッティは言うが、それではPKを失敗したイカルディを拍手で激励しウルトラスにブーイングする大多数の観衆はサポーターではないというのか」
 
 試合翌日の月曜日、チームはオフだったが、クラブ首脳(マイケル・ボーリングブロークCEO、サネッティ副会長、アウジリオSD、チームマネジャーのジョバンニ・ガルディーニ)、フランク・デブール監督が、午前11時からトレーニングセンターにイカルディを召喚して70分間の事情聴取を行ない、引き続き今後の対応を協議した。
 
 インテルのオフィシャルサイトに、クラブとしての公式見解が発表されたのは17時23分。その内容は次のようなものだった(オフィシャルサイトに日本語訳も掲載されているが、以下は筆者によるイタリア語からの翻訳)。
 
「FCインテルツィオナーレは、今日午前中の首脳陣とマウロ・イカルディの会談の結果、ネラッズーロのキャプテンに対して、選手全員が署名しているクラブの内規に違反したことに対する処分を行うことを決めた。マウロ・イカルディは、当サイトinter.itにおいて、昨日の出来事およびクラブの決定についての意見を明らかにすることを望んだ」
 インテル公式サイトに掲載されたイカルディの謝罪声明は以下の通り。
 
「この2日間、私はインテルとのストーリーにおける悲しい一時を過ごすことになりました。しかし家族の中でも――私は常にインテルは何よりもまずひとつの家族だと教えられてきました――、困難な時期や誤解が起こることはあります。すべての始まりは、おそらくあまりに反射的な書き方をしてしまった私の本の1ページでした。いくつかの表現や言葉尻は明らかに不適切であり、インテルのサポーターがその対象になってしまったことを心から残念に思っています」
 
「それが多くの人々を傷つけてしまった。しかし、私たちは常に前を見て進まなければ、そしてできる限り、すべての物事が正しい場所に収まるよう努力しなければなりません。それゆえ、私はここで謝罪し、誰もこれ以上傷ついたり、裏切られたり、脅されたりしないよう、これらのページを抹消するための行動を取ります。今日私はクラブと話し合い、この不本意な一時に区切りをつけて、全員一丸となってひとつの目標、すなわちインテルの利益のために力を合わせることを誓いました。なぜならインテルよりも大きなものは何もないからです」
 
「そのために、私はクラブのすべての決定を受け入れました。今後は、チームにおける私の立場が要求する事柄に、もっとずっと大きな注意を払います。今、これまでにないほど結束した私たちは、次の戦いに向けて最大の決意を持って取り組んでいきます」
 
 非常に回りくどい言い方になっているが、簡単に整理すると、ポイントは冒頭で触れた通り以下の3点になる。
・キャプテンマークは剥奪しない(ウルトラスの要求には応じない)。
・クラブは内規に従ってイカルディに処分(おそらく罰金)を下す。
・イカルディは自伝の内容に非があったことを認めて謝罪し、自伝を自費で回収。問題部分を削除した改訂版を発行する。
 
 インテル・ウルトラスで最も影響力のあるボスの1人で、対外的なスポークスマンでもあるフランコ・カラビータは、この公式見解が出るよりも前に、ラジオ局のインタビューに対して次のようにコメントしていた。
 
「イカルディとの関係を修復することは不可能だと思う。我々を殺すと脅した人物だ。そんな輩と対話が成立するとは思えない。もしクラブがキャプテンマークを剥奪すると決めたのなら歓迎する。しかし我々は何の圧力もかけてはいないし、かけるつもりもまったくない。誰を脅迫したこともない」
 
 また、ウルトラスの別の関係者はガゼッタ・デッロ・スポルト紙に対して、「イカルディとの関係を修復するつもりはないが、もし自伝を回収すれば彼に対する抗議行動はストップする」とコメントしている。
 
 インテルとイカルディは実質的にこの要求を受け入れることで、ウルトラスの抗議がエスカレートする事態を回避する一方、キャプテンマーク剥奪という要求ははねつけることでマスコミからの批判もかわすという、苦しいながらもそれなりにバランスの取れた妥協策を見出したということになる。
 
 当面は、ウルトラスとマスコミがこれに対してどんな反応をするのかが注目される。
 
文:片野道郎
 
【著者プロフィール】
1962年生まれ、宮城県仙台市出身。1995年からイタリア北部のアレッサンドリアに在住し、翻訳家兼ジャーナリストとして精力的に活動中だ。カルチョを文化として捉え、その営みを巡ってのフィールドワークを継続発展させている。『ワールドサッカーダイジェスト』誌では現役監督とのコラボレーションによる戦術解説や選手分析が好評を博す。