言い訳のできない戦いが、いよいよ幕を開ける。イラク代表を埼玉スタジアム2002に迎え、6日午後7時35分にキックオフされる2018 FIFAワールドカップロシア アジア最終予選の第3戦は、日本代表にとって何よりも「勝ち点3を奪う」という結果が求められる正念場となる。


 まだ記憶に新しい、UAE(アラブ首長国連邦)代表に喫した9月1日の初戦の黒星。ホームで2試合続けて勝ち星を挙げられない事態は、6大会連続のワールドカップ出場を目指す上で絶対に許されない。6日のイラク戦、そして舞台をメルボルンに移して11日に行われるオーストラリア代表戦の結果次第では、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督の進退が問われかねない状況が生まれる。


 招集された25人の選手たちに目を向ければ、主軸を担ってきたヨーロッパ組の大半が所属クラブで軒並み出場機会を激減させている。移動時間の関係もあり、全員が揃ったのはイラク戦の2日前だった。前売り段階でチケットが完売し、チームカラーのブルーに染まるスタンドから届けられる勝利へのエールも、“手負い”のハリルジャパンに必要以上の気負いをもたらしかねない。


 さまざまなプレッシャーが複雑に絡みあう状況で、5日に埼玉スタジアム内で前日会見に臨んだハリルホジッチ監督は「メンタル」をキーワードとして掲げた。


「とにかくメンタルだ。それが違いを生み出す」


 昨年3月の就任以来、指揮官が口を酸っぱくして求めてきた「デュエル」。球際における「激しさ」や「強さ」につながるフランス語をピッチで体現する上でメンタルの強さが不可欠となる、と改めて力説したのは4日夜のミーティングだった。そしてアプローチの方法こそ異なるものの、メッセージを受け取った選手たちはイラク戦へ向けて、特に心の部分で臨戦態勢を整えていた。


 最も得意とする左サイドでの先発が確実視されるFW原口元気ヘルタ・ベルリン)は、胸中に「危機感」を抱き続けることで、対戦相手を圧倒するコンディションを練り上げている。


「(ゴールを)取れなかったら……取れなかったらというか、パッとしなかったらすぐにベンチへ戻される立場だと思っているので。危機感しかないけど、危機感を持ってやっている時に一番いい結果が出る。他の選手がどうなのかは分からないけど、僕はメンタルもコンディションもトップの状態でできると思います」


 それまでは不慣れなボランチで起用されることが多かった原口だが、敵地バンコクで9月6日に行われたタイ代表との第2戦で、「4−2−3−1システム」の「3」の左で後半アディショナルタイムまで躍動。18分にはDF酒井宏樹(マルセイユ)のクロスを頭で叩き込み、UAE戦から続いていた沈滞ムードを吹き飛ばした。


 タイ戦をテレビ観戦していた浦和レッズのMF関根貴大は、自身を可愛がってくれた浦和の育成組織出身の先輩の“変身ぶり”に心を震わせたという。


「日本代表の中で一番戦っていた。攻撃だけはなく、守備という部分を誰よりも意識してプレーしていることが、テレビ越しにも伝わってきた。ああいうプレーをすればチームとしても助かるはずなので、自分も見習っていきたい」


 所属するヘルタ・ベルリンでも、3シーズン目にしてレギュラーの座を揺るぎないものとした。開幕戦から6試合連続で先発フル出場を続け、成長の跡を刻んできた原動力もまた「危機感」だと力を込める。


「自信なんか全然なくて。もっとやらなきゃ、という危機感しかないというか。もっと(ゴールに)直結するプレーをしたいし、変な話、攻撃により比重をかけられる点で代表のほうがそれを出しやすいのかなと。やっぱりパスだけで綺麗に崩すのは難しいので、開いた位置から(マークを)一枚はがしていくプレーも必要になってくるし、そういうプレーをやり出した時に自分の良さが出る。相手よりも強い気持ちを持ってプレーできれば、技術的にも戦術的にもどう考えても負けることはないと思っているので、どれだけ気持ちをプレーに乗せられるか。普段ヘルタでやっていることなので、自然に出ると思う」


 ワトフォードとのプレミアリーグ開幕戦で先発フル出場を果たしながら、それ以降6試合連続でリザーブに甘んじているDF吉田麻也(サウサンプトン)は、原口とは逆の意味で「危機感」をバネにしている。


「海外組で(試合に)出ていない選手は僕を含めてプレッシャーを感じているし、その中で代表に呼ばれて結果を出せなければ叩かれることもまた理解している。僕はみんなよりも試合に出られない時期が長かったし、今急に始まったわけでもない。だからこそ結果を出さなかったら、もう次はないという状況に立たされていると思っているので、文句を言われない結果を出すことだけに集中している」


 2日から埼玉県内で行われてきた直前キャンプで、ハリルホジッチ監督はミーティングの時間を短縮するなど、選手に対するアプローチを変えている。9月シリーズへ向けたキャンプでミーティング中に居眠りする選手が出たことを受けて、特に時差ぼけを抱えるヨーロッパ組の疲労を可能な限り軽減するためだ。


 一方で結果がすべての世界だけに、周囲が喧しさを増してきた指揮官の心中も理解できる。客観的な視点に立った時、ハリルホジッチ監督がプレッシャーを感じていると吉田の目には映っている。


「誰だって感じるでしょう。負ければそういう(進退を問う)声が出てくるし、それでも監督はUAE戦で新しい選手を使い、タイ戦でもFWを変えた。そういうことをできる監督はなかなかいないと僕は思うし、何かを変えようとしているチャレンジに僕らも応えなきゃいけない。そのためには勝つしかない。勝てばいろいろなものもシャットダウンできる。相手も2敗しているので後がない状況だろうし、国の情勢など、いろいろなモノを背負って戦ってくる。もちろん技術的な部分は大切だけど、メンタルな部分もしっかりと準備しないといけない。内容どうこうよりも、勝ち点3を取ることが大事になってくる」


 今シーズンからリーグ・アンのFCメスへ移籍した川島永嗣は、第3GKに甘んじ、トップチームで先発出場していないという理由で9月シリーズは選外となった。しかし、UAE戦で一敗地にまみれたチームをその発言力の大きさと強烈な存在感で鼓舞し、戦うための雰囲気を盛り上げる「メンタルプレーヤー」として復帰を果たした。


 10月シリーズにおけるプレー機会はもちろんのこと、ベンチ入りする23人の中にも川島は名前を連ねることがないかもしれない。それでもハリルホジッチ監督がポリシーを覆し、あえて招集した理由を、33歳のチーム最年長は十分に理解している。


「長く代表でやらせてもらっている中で、いろいろな経験もさせてもらったからこそ、自分にできることもあると思う。今大切なのは一人ひとりが自信を持って、輝きを取り戻して戦うこと。アジア最終予選はそういうものを自分自身で乗り越えなければいけない試合が続く。9月の2試合を取り戻すには、今回の2試合で僕たちがどれだけ結果にこだわってやれるかだと思っている」


 川島自身、「メンタルプレーヤー」の定義はよく分からないと苦笑いを浮かべる。それでも、豊富なキャリアの中で、日本代表のために自分を犠牲にして黒子に徹したレジェンドを目の当たりにしている。


 大会直前で正守護神の座を拝命した2010年のワールドカップ・南アフリカ大会。前年に負った大ケガの影響でプレーしていないにもかかわらず、精神的支柱としてサプライズ招集されたGK川口能活(現SC相模原)の立ち居振る舞いを、川島は今でも忘れられないという。


「僕は今でも日本代表の偉大な先輩たち、(川口)能活さんやナラさん(楢崎正剛/名古屋グランパス)に追いつきたいと思っているし、こういう立場になって改めて二人の経験の大きさを感じることもある。今現在の自分が代表チームを見て、また新しいことをできるかもしれないし、そういうところは先人に学びながらやっていきたい」


 そして本田圭佑(ミラン)。開幕から7戦を終えたセリエAで2試合の途中出場、わずか19分間しかピッチに立っていない男は、驚くほどポジティブな思考回路を携えてハリルジャパンに合流している。


「自分の中では久しぶりに試合をすることが楽しみなので、ある意味でワクワクしていますね。試合勘がいろいろと言われているところは、当然ないわけがない。それをいかに結果へ結びつけるかが求められているので、心配する声を消せるくらいの結果を出したい」


 本田によれば、出場機会の激減は今シーズン限りで契約が満了することに伴い、チーム内の序列が低下していることが原因だという。加えて、本田をして「ミランに行ってからちょこちょこ出られない時期が、監督が代わるたびにあった」と言わしめる状況が、今夏に就任したヴィンチェンツォ・モンテッラ監督の下で再び生まれた。


 そのたびに日々の練習に対する真摯な姿勢を通じて評価を覆させ、招集された日本代表でも確固たる結果を残してきた自負がある。実際、UAE戦でも先制点を決めている。自分の中で不変の“方程式”が稼働しているからこそ、本田は不敵なオーラをチームの内外にまき散らす。


「大事なのは日々のトレーニング。それが絶対的な自信を与えてくれる。良くないことかもしれないけど、そういう(試合に出られない)課題を何度か経験したという点で、対応の仕方がうまくなっている、というのがある。それも全く不安になっていない要因の一つかなと。(イラク戦で求められるのは)受け身にならないことと、悪い意味でもプレッシャーを感じないこと。アジア最終予選は必然的にプレッシャーが掛かってくるし、ある意味でワールドカップ本大会の方がリラックスできる。ワールドカップに行かないといけない、という状況がそうさせている中で、大事なものは精神のあり方。プレッシャーを抱えられる選手はそうすればいいし、抱えられない選手も若手の中にはいると思うので、僕らを含めて(中堅やベテランが)そういうものを緩和させられればいい。僕から言わせてもらえれば、こんなのはプレッシャーでも何でもない」


 オーストラリアがアジアサッカー連盟に転籍してから、4度戦ったアジア最終予選は3分け1敗と一つも勝てていない。岡田ジャパン時代の2010年6月には、同じメルボルンで1−2と苦杯をなめさせられてもいる。今回も苦戦必至という状況なだけに、イラク戦は負けることはもちろんのこと、引き分けすらも許されない。


 来年9月まで続く最終予選の行方を左右しかねない文字どおりの大一番へ。ハリルジャパンを取り巻く状況は決して楽観できるものばかりではない。だが、吹きすさぶ逆風を真っ向から受け止めた上で、選手たちは勝利をもぎ取るために最も大切な“心のデュエル”をすでに繰り広げている。


文=藤江直人