1994年、中田英寿を擁したチームはアジアユース選手権(現AFC U−19選手権)で準優勝を収め、翌年行われる世界大会へのチケットをつかみ取った。FIFA主催の国際大会に日本代表が自力出場を果たしたのは、これが初めての快挙。“アジアの壁”を破った新世代はその後、28年ぶりとなるオリンピック出場をもたらし、そして1998年フランス・ワールドカップへの扉を開くこととなる。まさにこの大会での成功が、日本が世界へ出て行く大きな潮流を生み出すこととなったわけだ。


 一度開いたアジアの扉は、6大会連続で日本を世界に招いた。中村俊輔、小野伸二、遠藤保仁、中田浩二、前田遼一、駒野友一、今野泰幸、川島永嗣本田圭佑西川周作ら、のちの日本代表で中心となる選手たちが次々と世界舞台を経験。その後の飛躍の糧としていった。そして迎えた2007年のFIFA U−20ワールドカップに内田篤人柏木陽介、槙野智章、森重真人、そして香川真司といったA代表選手たちが名を連ねている。だがしかし、アジアの扉は、その大会を最後に長く閉ざされてしまう。


 以降、U−19日本代表は4大会連続してアジアの戦いで散り、ここに10年の空白が生まれることとなった。


 先のリオデジャネイロ五輪、代表スタッフの面々は、改めて「U−20ワールドカップに出ていれば」という部分を痛感させられたそうだ。日の丸を背負っての戦い。独特の短期決戦。そして何より、まるでスタイルの異なる国々と対峙するということ。いくら親善試合を重ねても経験できない“モノ”がそこにはあった。トレーニングパートナーとして大会直前まで帯同した東京五輪世代の選手たちに手倉森誠監督は「『五輪の経験を経てA代表へ』なんて遅いぞ。U−20ワールドカップから世界に飛び出していけ」と伝えたそうである。


 現U−19代表は、4年後に「U−23」となることから、東京五輪を自然と意識する世代である。現在のA代表が次のワールドカップと前後して大きな世代交代期に入ることが確実である現状を踏まえると、東京五輪は「次のA代表メンバーに入っているU−23世代の選手たち」が多数となる状況で迎えておくのが理想だろう。そのためのステップとして、U−20ワールドカップへの出場はやはり外せない条件となる。


 そんなU−20ワールドカップのアジア最終予選を兼ねるAFC U−19選手権が、日本時間10月14日22時30分に中東の島国バーレーンにて幕を開ける。イエメン、イラン、そして2022年ワールドカップの開催地・カタールという西アジアの3カ国と同居する何とも難しいグループに入ったが、「結果を出すしかない」(FW小川航基/ジュビロ磐田)という戦いである。


 チームには若干の追い風も吹いている。これまでのU−19世代には共通する最大の課題があった。それが所属チームで試合に出られないことによるフィジカル・メンタル両面でのコンディション低下だ。ただ、今回はDF中山雄太(柏レイソル)に加えて、DF冨安健洋(アビスパ福岡)、MF神谷優太(湘南ベルマーレ)といった選手たちがシーズン途中にポジションを獲得して調子を上げてきた。昨年のアジア1次予選でコンディション不良を理由にメンバー外となったMF三好康児(川崎フロンターレ)が復調し、所属チームで結果を出して合流したことも頼もしい。


 さらに今季からJリーグが「U−23チーム」の保有を認めたことで、FC東京、ガンバ大阪、セレッソ大阪に所属する選手たちが安定した出場機会を得て、試合勘を失わずに済んだ。FW南野拓実(元ザルツブルク)、MF関根貴大(浦和レッズ)、GK中村航輔(柏)らを擁した前回のチームに比べると派手さでは劣るものの、チームコンディションとしては決して悪くない仕上がりになっている。


 世界大会に出る意味は単なる「経験値」の問題だけではない。予選を突破することでメンバー入りを目指して世代全体での切磋琢磨が生まれ、新たな芽が出てくる。そして大会を経験することで育つモチベーションが必ずあり、その効果は決して無視できるものではない。今回、世界への出場権を得れば「10年ぶりのU−20ワールドカップ出場」となるが、逆に言えば10年間にわたって「U−20効果」が消えてしまったことが、日本サッカー界全体、そしてA代表の強化にまで影響を及ぼしてしまっているということでもある。果たして東京五輪世代は10年間の空白を断ち切り、未来への可能性を広げられるかどうか。世界切符を目指しての戦いが、いよいよ始まる。


文=川端暁彦