【Penya FCBarcelona Japan会長コラム】
先回、『色』と『立ち位置を』決めて欧州フットボールを観戦すると、もっと奥が深く楽しめるのではないかとご提案しました。

さて、その『色』対決の最たるもの、究極の関係と言えばFCバルセロナ対レアル・マドリードとなります。これをお読みのコアなファンの皆様にはもう聞き飽きているという方も多いと思いますが、バルセニスタとして、又はペーニャとして、『クラシコ』は永遠のテーマでありCULEが2人集まればこの話題という位ですので、お付き合い下さい。

そして、これからバルサ(又はマドリー)をサポートしよう!とお考えの方達には、『クラシコ』って何?を少しでも感じ取っていただければと思います。

日本ではよくバルサ対マドリーを巨人対阪神に例える方がいらっしゃいますが、これは全く見当違いの例えでありまして、『クラシコ』とはそんな生易しいものではありません。巨人対阪神はあくまでもスポーツとしての良きライバル関係であり、そこにはさすがに、怨恨や憎悪感情はありません。野球文化が発展する中で自然に作り上げられた、爽やかなスポーツという枠組みの中の、体制VS反体制的構図に過ぎません。

過去に日本政府によって明日から関西では『大阪弁』を使ってはならない!とか、いちいちボケとツッコミはしない様に!と制限された時期は有りませんでしたから。(笑)

スペインは違うのです。実際にカタラン人達はカタラン語を話すことを禁じられた時期がありました。フットボールをすることは許されていたわけですが(ただし、FCBというカタラン語順の言い方は禁じられ、CFBと言わされました)バルサは名前さえ強制的に変更させられ、弾圧の中でプレーをしていた時期がありました。当然、レフェリーも思いっきり“中央”に偏っています。そんな中で行われるのが、いわゆるクラシコなのです。政治、内戦、弾圧、そしてこれに毅然と立ち向かった創始者GAMPERの自殺。。。

これら理不尽な事に対する反発。否が応でもスポーツ以外の感情が入ってしまいます。もうこれは、ある種の代理戦争なのです。

いやいや、フットボールは純然たるスポーツであり、そんな余計な感情を入れてはいけません。今の時代にはマッチしないとFAIRPLAYを提唱するFIFAやUEFAはそう言うでしょう。
でも歴史は事実として存在し、代々受け継がれたDNAは簡単には消えません。

私が渡西した80年代には内戦を経験し耐え難い思いをした世代もまだたくさん残っていました。一番最初に見た(80年代)クラシコではお互いの会長(ヌニェスとメンドーサ)同士が先頭切って罵り合っていました。一緒にパルコ(VIP観戦席)で観戦する事など絶対に有り得ませんでした。一応お互いに招待はするものの、わざとドタキャンしたりして。子供の喧嘩です。そして、今の日本の政治家よろしく、どこかに落ち度はないかとスキャンダルを隈なく探し、マスコミにリークしたりと足の引っ張り合いの毎日でした。

正直、何だこれは?と。強烈に印象に残っています。が、同時にこれが欧州フットボールの真髄というか、奥深さだと納得したものです。そして、大なり小なりこういう感情が各地に存在し、これが欧州フットボールの技術や戦略だけでは語れない勝負に対するモチベーションになっているのです。

これは、巨人対阪神どころではないと。

そういう世間の雰囲気、そしてそれを煽るマスコミ。。。これらを見て当然、老若男女含めた市民たちのマインドも自然と感化されていきます。

後半へつづく、、、(10月12日水曜日配信予定)