今夏のリオ五輪で卓球ニッポンは、男女ともにすばらしい結果を残した。男子個人シングルスでは水谷隼が銅メダルに輝き、団体では男子が銀、女子が銅メダルを獲得。日本人初のプロ選手となり、ドイツ・ブンデスリーガでもプレーした松下浩二氏に日本の活躍ぶりを振り返ってもらった。

■日本人初のプロ選手・松下浩二が「卓球ニッポンの未来」を語る@前編

 リオ五輪後、卓球やバドミントンの用具の売り上げが好調のようです。卓球でいえば、銀メダル1個、銅メダル2個、男女で合計3個のメダル獲得という過去にない好成績はもちろんのこと、多くの試合で逆転勝ちを収めるというスリリングな展開が、多くの方の興味を引いたのではないかと思っています。

 女子からリオ五輪を振り返ってみると、まずはシングルス3回戦から登場した石川佳純選手が、まさかの初戦敗退を喫しました。

 対戦相手のキム・ソンイ選手(北朝鮮)は世界ランキング50位で、今年2月に行なわれた世界卓球では、「北朝鮮の2番手」というポジションでした。ただ、北朝鮮の選手は国際大会に頻繁(ひんぱん)に出場しないため、ランキングだけでは実力が計れません。世界卓球でのプレーを見て、「将来、間違いなく北朝鮮ナンバー1の選手になる」と思っていました。北朝鮮は選手に猛特訓を課すことが有名なので、この半年間でこちらの想像以上の成長を遂げたのでしょう。

 石川選手は第1ゲーム、第2ゲームを連取しますが、大会初戦ということもあって硬さがあり、思い切ったプレーは影を潜めていました。逆に、格上の石川相手に失うものがないキム選手の積極果敢なプレーとは、まさに対照的だったと思います。メダルを視野に入れている石川選手は、「ここで負けるわけにはいかない」という気持ちが強かったのでしょう。目先の1点に固執してしまい、何点か失点してもトータルで試合に勝つ――というゲームプランを立てられなかったように思えます。

 第3ゲーム、第4ゲームを連取された石川選手は、第5ゲームを奪って再度リードしますが、ぎりぎりで奪ったゲーム内容で、試合の流れを引き戻すまでには至りません。そして第6ゲーム、第7ゲームを押し切られての敗北。石川選手にとっては、悔いの残る試合だったと思います。

 一方の福原愛選手は、3回戦でドデアン・モンテイロ選手(ルーマニア)、4回戦でリ・ミョンスン選手(北朝鮮)、準々決勝でフェン・ティアンウェイ選手(シンガポール)をすべて4−0で下すストレート勝利。ここ最近でないほどの好調さでした。しかし、準決勝でロンドン五輪・金メダリストの李暁霞(リ・ギョウカ)選手(中国)にストレート負けした試合を境に、福原選手は調子を崩してしまいました。

 3位決定戦では、石川選手を破ったキム選手に1−4で敗れて銅メダルを逃した。試合前、キム選手の特徴を知る石川選手に対し、福原選手は「傷をえぐるみたいで聞けなかった」と言っていました。その代わりに2月の世界卓球で対戦経験のある伊藤美誠選手に特徴を聞いたとのことですが、その情報は半年前のもの。現在のキム選手の情報として不十分です。

 福原の優しさは、人としては間違っていないでしょうし、その人柄があったからこそ多くの人に愛されているのでしょう。ただしアスリートとしては、今回の判断は間違いだったと思います。絶対に、石川選手から直近の印象を聞いておくべきでした。

 女子団体は石川選手、福原選手、伊藤選手の3人が「絶対にメダルを獲るんだ」と気持ちをひとつにした、まさにチーム一丸となった戦いでした。

 日本は1回戦、2回戦をストレート勝ちで準決勝に駒を進めます。しかし、準決勝のドイツ戦でつまずきました。最初に登場した伊藤選手は、ペトリサ・ソルヤ選手を相手に2−2で迎えた第5ゲーム、9−3でリードするも、そこからまさかの逆転負け。これほどの逆転劇は、そう起きるものではありません。敗因は、「勝ちを意識してしまったこと」に尽きると思います。最後は福原選手が善戦しますが、一歩及ばずに日本はドイツに敗れました。

 3位決定戦のシンガポール戦では、第1試合の福原選手が星を落としますが、石川選手のシングルス、福原選手と伊藤選手のダブルス、最後は伊藤選手のシングルスで勝利して銅メダルを獲得。シンガポールに勝利した直後の3人の笑顔が"微妙に"異なっていたのが、私には印象的でした。

 石川選手はシングルスだけでなく、団体でもロンドン五輪以上の成績(銀メダル)を獲ろうとしていたのでしょう。どこか悔しさをにじませた笑顔と、早くも心は東京五輪にあるように見えました。

 対する伊藤選手の純粋な笑顔は、結果に心から満足していたからではないでしょうか。団体の準決勝・第1試合でのまさかの逆転負けと、銅メダルを決めた3位決定戦・第4試合での勝利。この敗北と勝利は、伊藤選手をさらに成長させる大きな2試合になったと思います。東京五輪では、ひと回り大きくなった伊藤選手のプレーを見られるはずです。

 そして福原選手の笑顔には、安堵感がにじんでいたように感じました。最後は調子を崩しましたが、それでもすべてを出し切り、「メダルを継続する」という使命は死守できたという思いがあったのでしょう。女子選手で4大会連続の出場を果たした彼女の経歴は、それだけでも偉業です。あの笑顔を見ると、今後引退を決意しても競技人生に悔いはないと思います。

 一方の男子は、水谷隼選手が1戦ごとに選手として大きくなっていったという印象を受けました。大会初戦となった3回戦では変速カットマンのパナギオティス・ギオニス選手(ギリシャ)を4−1で破り、4回戦は地元の大声援を受けるウーゴ・カルデラノ選手(ブラジル)を4−2、準々決勝ではマルコス・フレイタス選手(ポルトガル)も4−2で撃破。スコアだけでなく、内容も上々でした

 世界ランキング1位の馬龍(マ・リュウ)選手(中国)との準決勝は、まさに死闘。3ゲームを連取されてから2ゲームを奪い返しましたが、最後は2−4で敗れました。

 この試合は、両者の実力差というより、水谷選手が馬龍選手のボールに慣れるまでに2ゲームを要したのが痛かった。これは、中国人選手との対戦経験の少なさによるものでしょう。「たら・れば」ですが、せめて第2ゲームから第3ゲームや第4ゲームのようなプレーができていれば、結果は違っていた可能性もあるのではないかと思います。

 その後、水谷選手は3位決定戦で鉄壁の守備を誇る今大会好調のブラディミル・サムソノフ選手(ベラルーシ)を退け、日本人男子として初の五輪メダルを獲得。現地で見ていた私も、思わず熱くなってしまいました。

 水谷選手とともにシングルスに出場した丹羽孝希選手は、今年のワールドツアーで1回戦負けが続くなど、五輪前は調子を崩していました。ただ、初戦のセグン・トリオラ選手(ナイジェリア)との試合を見て、復調していることがはっきりとわかりました。準々決勝で張継科(チョウ・ケイカ)選手(中国)に敗れてベスト8に終わったものの、力は出し切ったと思います。

 そして、男子団体。8月3日に団体の組み合わせを決める抽選があったのですが、倉嶋洋介監督が中国と別の山を引き当てた瞬間、私も思わずガッツポーズをしました。

 シングルスでの水谷選手や丹羽選手の好調ぶりに加え、吉村真晴選手は好不調の波が小さく、安定して実力を発揮するタイプの選手。中国以外が相手なら、水谷選手はシングルスで2勝は堅く、丹羽選手と吉村選手のダブルスもかなりの高確率で計算できます。五輪前に「男子団体のメダル獲得の可能性はかなり高い」と予想しましたが、この組み合わせで銀メダル獲得の可能性は限りなく近づいたと感じました。

 実際、初戦のポーランド戦こそ第3試合、第4試合を落として3−2というスコアになりましたが、準々決勝では香港を3−1で撃破。準決勝のドイツ戦も、水谷選手がシングルスで2勝、そしてダブルスで1勝を挙げるなど、理想的な試合展開でした。

 決勝の中国戦は、敗れはしたものの、水谷選手がシングルスで許昕(キョ・キン)選手を破り、ダブルスでも1ゲームを奪い、ついに中国の背中に手をかけた一戦だったと思います。この試合で、日本はもちろん、他国も中国に勝つことが絵空事ではないと思ったのではないでしょうか。

 男子はシングルス・団体ともに五輪初のメダル獲得に成功し、女子も団体でロンドンから継続してメダルを獲得。この結果は、日本卓球界にとって非常に大きなことです。東京五輪に向けて、大きな弾みをつけることもできました。総括するならば、リオ五輪は日本卓球史に残る最高の大会だったと言っていいでしょう。

(後編につづく)

【profile】
松下浩二(まつした・こうじ)
1967年8月28日生まれ、愛知県出身。1993年、日本人初のプロ卓球選手となり、全日本選手権シングルス4度優勝。スウェーデン、ドイツ、フランスの欧州3大リーグでプレーし、2009年に現役を引退。オリンピック4度出場(1992年〜2004年)。シェークハンドのカット主戦型。現在は卓球用品総合メーカー「ヤマト」の代表取締役社長を務めるかたわら、卓球の発展のためにさまざまな活動をしている。

水野光博●取材・文 text by Mizuno Mitsuhiro
photo by JMPA