【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】バルサの第2GK、ヤスパー・シレッセン物語(前編)

 FCバルセロナが自分に興味を持っていると聞いたとき、ヤスパー・シレッセンは冗談だろうと思った。

 アヤックスのGKだった彼は、そのころプレーに精彩を欠いていた。シレッセンに言わせれば、調子のいいときでさえ、彼があこがれるエドウィン・ファン・デル・サールのほうが自分より「何十倍もうまい」という(たぶん、そのとおりだ)。

 この27歳のオランダ人GKはワールドクラスではないのだろう。だが、彼は「バルサ・タイプ」のGKだ。バルサがGKに求める尋常ではない要求に応えることができる。それはGKとは、たまたまグローブをはめているフットボール選手であるというものだ。

 物語の発端となるのはヨハン・クライフ、今年3月に他界したオランダ・フットボールの父だ。クライフはオランダ的な思考をバルセロナに持ち込んだ。最初は1970年代に選手として、そして1988〜96年には監督としてだ。

 クライフは、シュートを止めるくらいしか仕事をしない普通のGKを置くのは、選手の無駄づかいだといつも思っていた。パスを回すのは10人よりも11人のほうがいいし、必要があればそのうちのひとりが相手のシュートを止めればいいのではないか、と彼は考えた。

 こうしてクライフは、新しいGKの概念をつくり出した。彼にとってGKとは、グローブをはめたフィールドプレーヤーであり、チームの「最初のアタッカー」だ。

 だから、ヤン・ヨングブルートのような凡庸なGKでも、オランダ代表で2度のワールドカップ決勝に出場することができた。ヨングブルートはシュートを止めるのは得意ではなかったが、フットボールはできたし、味方DFの背後にある50メートルのスペースをうれしそうに守った。

 とはいえ、完璧な「クライフ派」のGKが現れはじめたのは、90年代になってからだ。最初はファン・デル・サール。のちにドイツがクライフ的なGK観をとるようになると、マヌエル・ノイアーが登場した。

 バルサやアヤックス、バイエルン・ミュンヘンやドイツ代表のGKは、セーブをたくさんする必要がない。普通の試合なら、手より足でボールを扱うほうが多い。

 クライフを信奉するジョゼップ・グアルディオラも、フットボールのできるGKが好みだ。マンチェスター・シティの監督に就任した彼は、昨シーズンまで正GKだったジョー・ハートに見切りをつけた。その理由は、ハートがなんでもないシュートを防げないということだけではない。このイングランド人GKは、パスがあまりにヘタなのだ。

 クライフ派のGKはどこにでもいるわけではないから、グアルディオラはかつて率いたバルサからクラウディオ・ブラーボを獲得。そのためバルサは、クライフが深く関わったもうひとつのクラブであるアヤックスから、ブラーボの代わりとなる選手をとったというわけだ。

 シレッセンが生まれたのは、オランダ東部にあって、フットボールの伝統が色濃いグロースビークという小さな町だ。彼が育った家は、小さいけれど有名なアマチュアクラブ、デ・トレフェルスのまさに隣にあった。

 母のネリはオランダのニュースサイトの取材に、こう語っている。

「小さいときのヤスパーは、1時間に75分間分を生きているような子で、いつも走り回っていた。あの子の姿が見えなくなったら、遠くのほうで動き回っている小さな点を探せばよかった。5歳でクラブに入ると、ゴールを守りたいと言った。私はフィールドプレーヤーのほうがいいと思った。そのほうが、エネルギーを発散できそうだから。けれどヤスパーは、一度言い出したら聞かなかった」

 21歳のとき、シレッセンは地元のクラブ、NECナイメヘンでプロデビューを果たす。監督からスタメン起用を言い渡されたのは試合当日だったが、シレッセンは動じなかった。試合の前に昼寝をし、マン・オブ・ザ・マッチに選ばれ、副賞のシャンパンは家族に贈った。シレッセンは生まれてこのかた、アルコールを口にしたことがないと言う。夜の街に出かけることも、めったにない。

 5年前の夏、NECで1シーズンを過ごしただけで、シレッセンはアヤックスに移籍した。アヤックスに移ってよかったのは、クラブのマーケティング・ディレクターをしているファン・デル・サールと頻繁に言葉を交わせたことだ。ときどきファン・デル・サールは、練習にも参加した。

 シレッセンにすれば、今もファン・デル・サールは特別な存在だ。「マヌエル・ノイアーは身体能力は高いだろうが、技術ではエドウィン(ファン・デル・サール)のほうがはるかに上をいっていた」と、シレッセンは言う。

 シレッセンはアヤックスで、ケネト・フェルメールの控えとして2シーズンを過ごし、2013年の秋に正GKの座を奪い取った。プレーのすばらしさより、安定感がものをいったのだろう。
(つづく)

サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper
森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki
photo by Getty Images