【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】バルサの第2GK、ヤスパー・シレッセン物語(後編)

 アヤックスからバルセロナに控えGKとして移籍したヤスパー・シレッセンには、カリスマ性のかけらもない。髪は金髪で、見た目はひょろりとしていて、11歳の女の子にも間違えそうな風貌だから、敵の攻撃陣をひるませるようなことはありえない。

 だが集中力はすばらしく、キャリアの最初の5年間にはほとんどミスをしなかった。彼が止めたシュートの割合は、つねにオランダリーグで指折りの高さだった。

「ヤスパーの最大の強みは、ミスのない安定したプレーだ」と、アヤックスのGKコーチ、カルロ・ラミはオランダの雑誌「フットバル・インターナショナル」に語っている。

 シレッセンがアヤックスの前に在籍したNECナイメヘンで、彼に正GKの座を奪われたハンガリー人のガボル・バボスは、こう語る。「ヤスパーは本当に11人目の選手としてプレーする。コーチングもよくやるし、DFへの指示もうまい。1対1にも強い。彼は最後の最後まで左右に飛ぶのを我慢する。だから相手選手の動きが読めるのだろう」

 しかもシレッセンは、両足をほとんど同じように使える。だがヨハン・クライフのGK観の流れをくむ「グローブをはめたフィールドプレーヤー」と呼ばれることについては、昨年こう語っている。

「僕はマヌエル・ノイアーや、バルセロナのマルク=アンドレ・テア・シュテーゲンのように極端じゃない。彼らは20メートルも前に出て、そこからドリブルで相手選手を抜いたりする。あれは僕のスタイルではない」

 確かにドイツは、クライフ流のGK観を究極の形にまで押し進めた。ヨアヒム・レーヴが率いる代表チームのスタッフは、ドイツのような傑出したチームに昔ながらのGKは必要なのかという議論までしている。GKをセンターバックの位置に上げ、絶対に必要なときだけゴールに戻ればいいのではないか、というのだ。

 アヤックスの正GKとなって数カ月後、シレッセンはオランダ代表としてワールドカップを戦うためにブラジルへ向かった。それまで彼が経験したことのない大舞台だった。1カ月にわたって、シレッセンはほとんどミスをしなかっただけでなく、ノイアーばりのプレーも見せた。アルゼンチンとの準決勝ではゴンサロ・イグアインやセルヒオ・アグエロをドリブルで抜いてみせた。

 しかしブラジルでのシレッセンは、もっと残念な光景によって世界のファンの記憶にとどめられた。コスタリカとの準々決勝がPK戦にもつれ込む寸前、オランダのルイス・ファン・ハール監督はシレッセンに代えてティム・クルルを送り込んだのだ。

 ピッチを去るときにシレッセンは不満をあらわにし、ペットボトルを蹴飛ばした(のちに謝罪した)。しかしクルルの心理戦のうまさもあって、オランダはPK戦をものにした。

 準決勝もPK戦になったが、このときはシレッセンがゴールを守った。しかし、アルゼンチンの4本のPKを1本も止められず、オランダは敗れた。シレッセンはプロになってからというもの、26本のPKを決められ続けた。初めてセーブしたのは、昨年11月のウェールズ戦でのジョー・アレンのキックだった(ただし、このときもリバウンドをジョー・レドリーに決められている)。

 PKの低いセーブ率には不運な面もあるが、シレッセンの数少ない欠点のひとつを示してもいる。ボールへの反応がそれほど速くないことだ。

 昨年夏のシレッセンは、世界で最も評価されている若手GKのひとりだった。あのときマンチェスター・ユナイテッドのGKダビド・デ・ヘアのレアル・マドリードへの移籍話がすんなり進んでいたら、ファン・ハール監督はオランダ代表でよく知っているシレッセンを獲得していただろう。

 だがその後、シレッセンはひどい1年を過ごす。オランダがユーロ2016の出場を逃したことには、彼にも責任の一端があった。そして今シーズンは開幕直後にバルセロナへの移籍話が持ち上がり、落ち着かない日々が続いた。シレッセンはミスを繰り返し、アヤックスでのポジションも危ういものになりはじめていた。そこへバルサが正式にオファーを出してきた。

 バルサはシレッセンがアヤックスでもう1試合プレーすることを認めた。チャンピオンズリーグ・プレーオフのロストフ(ロシア)との第2戦である。シレッセンとチームメイトはひどいプレーをして、1─4で敗れた。

 シレッセンはロシアからバルセロナへ直接飛んだ。バルサがシレッセンと契約したことをツイッターで発表すると、ロストフの公式ツイッターは辛口の言葉で応じた。「また彼に会いたいですね。できればゴールで」

 シレッセンの契約は5年。最初はテア・シュテーゲンの控えとしてベンチに座るとみられ、出場はスペイン国王杯が中心になるだろう。

 しかしシレッセン自身が言うように、彼はアヤックスの正GKの座をケネト・フェルメールから奪っている。バルサでテア・シュテーゲンからポジションを奪えない理由があるだろうか(たぶんある。テア・シュテーゲンはフェルメールよりずっとうまい)。

 27歳のシレッセンは、GKとしてのピークを迎えようとしている。もし2014年ワールドカップのころの調子を取り戻せれば、バルサにとって理想的な控えGKとなる。だがアヤックスやオランダ代表での最近のプレーを繰り返すようだと、居場所はどこにもなくなるだろう。

サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper
森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki
photo by Getty Images