町内会はゴミの分別や収集、街の清掃や緑化、防犯、防災、交通安全、地域コミュニティ形成のためのイベント開催など、行政の仕事と思われる多くの部分を担っています。そのため、自治体から町内会の活動に対して補助金なども交付されています。

 しかし、あくまでも町内会は法的に曖昧な存在です。名称も町内会・自治会・町会と地域によってバラバラで、自主的な組織とされているので行政が活動に介入することはできません。運営も人事も、町内会が独自におこなっています。

 そのように自主的に運営されてきた町内会ですが、近年は全国的に加入率が低下し、新住民や単身の若年層をどう取り込むのかが課題になっています。

東日本大震災がきっかけ 世田谷区は2012年に条例制定に動き出すが…

 東京都品川区はことし2016(平成28)年4月に条例を施行し、町内会の位置づけを明確化しました。そうした動きは、各地に広がっています。品川区よりも一足早い2012(平成24)年、世田谷区は町会への加入を促す条例の制定に動き出しました。世田谷区生活文化部市民活動・生涯現役推進課の担当者は、当時の状況をこう振り返ります。

「当時、世田谷区が“町会への加入を促す条例”を制定しようとした背景には、その前年の東日本大震災があります。東日本大震災では、町内会が避難や食料・水の確保などで活躍しました。そうしたことから町内会の活動が見直されるようになり、条例を制定する機運が高まったのです」。

 世田谷区には197の町会・自治会がありますが、町会への加入率は2003(平成15)年で60.93%。そこから年を経るごとに加入率は下降し、本年度の加入率は54.40%にまで落ち込んでいます。子育て世帯が増えるなど、区全体の人口は増加傾向にあります。そうした傾向があるにも関わらず、加入率が低下しているのですから、世田谷区では急速な町会離れが起きていることがわかります。

否定的なパブリックコメントが多数 条例化見送り

 そうした町会離れに歯止めをかけるため、世田谷区は早急に条例の素案を策定。区民にパブリックコメントを求めました。その結果、約20日間で115件もの意見が寄せられたのです。通常、パブリックコメントを募集しても、短期間でこれほど多くのコメントが集まることは稀です。町内会を条例化することに対して、区民の関心が高かったことが窺えます。

 集まったパブリックコメントの大半は、世田谷区の意に反して、条例の制定に否定的でした。もともと、町内会・自治会は昭和初期に発足した隣組制度がルーツになっています。隣組は戦時体制に機能したこともあり、戦後は民主化を目指すGHQによって解体されました。

 いったん解体された町内会は昭和20年代後半になると、地域住民たちが自主的に町内会・自治会を再結成していきます。こうした動きは全国で起こり、町内会は次々と復活していったのです。戦争を手助けしたという過去の歴史から、世田谷区民の間では条例制定に疑問視する声が強かったようです。

「町会や自治会は地域社会の基盤として機能しているので、世田谷区にとって不可欠な存在です。しかし、町会はあくまでも自主的な組織です。そうした事情もあって、町会側からも『条例が制定されると、町会が行政の下請け機関のように思われてしまう』といった意見がありました。こうした意見を真摯に受け止め、世田谷区は条例の制定を見送ったのです」(同)。