赤黒ジャージィの復活なるか。

 大学選手権で歴代最多となる15回の優勝を達成した早大ラグビー部が、いま環境を大きく変えて復権を目指している。先頭に立つのは、山下大悟新監督だ。北海道の網走や長野の菅平での合宿を終えた頃、一定の手応えを口にする。

「最初に提示したロードマップ通り、じゃないですか」

毅然とした語り口。スキンヘッドと締まった体躯はすっかり日焼けしている。9月17日、神奈川・海老名運動公園陸上競技場。加盟する関東大学対抗戦Aの初戦で昇格したばかりの成蹊大を71―0で下した。

 大学選手権で歴代最多となる15回の優勝を誇る早大の2000年代は栄華を極めた。特に2005年度には、日本選手権でトヨタ自動車を相手に社会人撃破を果たした。ところが当時の清宮克幸監督が退くと、徐々に頂点から遠ざかってゆく。監督のバトンが3人に渡って迎えた昨季、対抗戦での帝京大とのゲームで12―95と惨敗した。大学選手権の決勝戦に進んだのは、かれこれ3季前のことである。

 ここで新指揮官となったのが、山下監督だった。清宮政権下2季目に主将を務めた35歳だ。実は日野自動車の現役選手だった前年度以前から、復権への手を打ってきていた。

 早大は帝京大など一部の強豪校と違い、高い競技力と実績を持つ選手を集められる方法が限られていた。そこで監督になる前の山下は、不合格の可能性もある推薦制度を多くの選手に受けてもらうよう全国を歩いた。すぐに主力となるメンバーを、大量に入学させた。

 その1人が、20歳以下日本代表の斎藤直人。山下監督と同じ桐蔭学園高卒のスクラムハーフだ。志望理由は「色々な人に聞かれて、何と答えたらいいかわからない」としながら、「小さい頃に大学ラグビーを観ていた時の強い早大のイメージ」が一因となったという。あの頃の黄金期は、こういう所にも役に立っていた。

 さらに山下監督は、クラブと周りを取り巻く環境も分析した。例えば大学選手権7連覇中の帝京大では、岩出雅之監督が先頭に立って大学との二人三脚での強化を推進していた。その延長線上で、有望な選手を実直な巨躯に育てているのだ。

 ここまで資金面で後れを取っていた早大を鑑みると、「このままでは太刀打ちできない」。全国のファンからの支援を受けられるよう、クラウドファンディングを開設。さらには広告代理店やマスコミに勤務するOBとハドルを組み、複数企業とのパートナーシップを締結した。具体的な数字は明かされないが、スタッフによればかなりの増収があったという。

 まずはジャージィや練習着を、清宮監督時代から続いたアディダスからアシックスに切り替えた。カレッジスポーツの産業化で国内での売り上げ拡大を目指していたアシックスと、人気校復活を旗印に掲げる早大は、訴求点が合っていた。

 最も強化に直結するサポートは、共立メンテナンスによる食事援助だろう。主力チームが寝泊まりする第1選手寮には、ビュッフェ形式の食堂が完備された。駐在する管理栄養士に指導され、選手の体重や体脂肪率などに合わせた盛り付け例も提示される。

 肉、魚、野菜、豆、米。いまでは近隣にある第2選手寮の選手を含めた50〜60名程度が、豊富な品数に顔をほころばせる。ロックの桑野詠真主将は笑う。

「美味しいんです。…ホテルみたいです」

 整理されたフィジカルトレーニング、練習直後のストレッチや交代浴なども相まって、選手たちの身体は変わった。夏を迎えた頃には、主力選手の首の太さ、上腕の隆起が明らかとなった。斎藤とともに試合を動かす1年生スタンドオフの岸岡智樹は、東海大仰星高時代よりも体重を「5〜10キロ」は増やしたという。