箱根火山の地形や地質を観光や地域振興に生かす「箱根ジオパーク」が南足柄市を加えて新たに出発した。小田原、箱根、湯河原、真鶴との2市3町体制となり、奥行きと厚みを増す。南足柄市では、住民が常駐する観光案内所の開設計画も浮上。ツアーコースの開拓を含め、集客に期待が高まっている。 (西岡聖雄)

 大地の活動や地域の歴史、文化を体感できるポイントをジオサイトと呼ぶ。南足柄市の(1)足柄峠と足柄道(どう)(2)矢倉岳(3)夕日の滝(4)蛤(はまぐり)沢周辺(5)文命堤(ぶんめいづつみ)(6)最乗寺(さいじょうじ)と杉林(7)清左衛門(せいざえもん)地獄池(8)御嶽(みたけ)神社と矢佐芝石丁場(やさしばいしちょうば)−が、新たなジオサイトに仲間入りした。

 足柄道は東海道より古い官道で、矢倉岳は世界的にまれなスピードで隆起したマグマ由来の岩体。金太郎伝説を残す夕日の滝も地殻変動で生まれた。蛤沢周辺はハマグリの化石が多く、火山島だった伊豆半島が北上して七十万年前に本州に接続した際、陸地化した海の痕跡をとどめる。

 文命堤は、太古に噴火した箱根火山の火砕流が堆積した台地を酒匂川(さかわがわ)が浸食してできた崖を利用。流れをZ形に変えて水流を弱め、氾濫を防いだ江戸時代の堤防だ。箱根外輪山(がいりんざん)を水源とする清左衛門地獄池は豊富な湧水量で、企業進出を促した。最乗寺と御嶽神社には見事な杉林などがある。

 南足柄市の編入で、三つのプレート(北米・ユーラシア・フィリピン海)がせめぎ合う境界に位置する箱根ジオパークの特性がより明確化した。箱根町の山口昇士町長は「プレート衝突のすさまじさを物語るエリア」と語り、日本ジオパーク委員会も「南北に延びる天然の障壁として箱根火山は多様な文化、歴史を生んだ」と意義づけている。

 観光客を案内する南足柄ジオガイドの会(二十人)会長の植田勇次さん(72)によると、ジオサイトのある地域で、休眠公共施設にガイドを常駐させ、農産品販売や化石を展示する観光案内所を設ける動きがある。

 夕日の滝付近に一日限定で一流ホテルの野外レストランを設け、都会のツアー客に地元食材のフランス料理を楽しんでもらうイベントも十月二十三日に開く。

◆自然と共存 随所に知恵

 北上するフィリピン海プレートの先端にある丹沢山地や箱根火山は、陸のプレートとせめぎあっている。

 海洋プレートと大陸プレートの代表的な衝突例はヒマラヤ山脈で、地震などの災害が多い。半面、大河の流域に文明や文化が花開き、人間や自然を相互につながり合う存在とみる仏教の縁起(えんぎ)思想も生まれた。

 火山を抱える箱根ジオパークの自然も多様だ。時に災害をもたらす環境から命を守り、自然と共存する知恵が随所に息づく。

 箱根火山を源流とする利水では、江戸の水道網の手本となる国内最初の上水道、小田原用水が既にジオサイトになっている。文命堤の認定で、地形を活用した防災面にも光が当たる。

 温泉文化は平和にも通じる。「温泉の平和と戦争」(石川理夫著、彩流社)によると、十八世紀の欧州・七年戦争で交戦国双方の傷病兵を療養させるため、温泉地では戦わない協定が結ばれ、その後の欧州の戦争でも引き継がれたという。

 「焦げたはし箱」(戦時下の小田原地方を記録する会編集、夢工房)によれば、日本も第二次世界大戦中、箱根地域を非戦闘地区として連合国側に通告。旧ソ連が大使館を置くなど、各国の職員ら千五百人の外国人が安全な箱根町に転任した。

 一方、太平洋戦線のドイツ海軍も一九四七年まで、常時百人程度が旧芦之湯村(現箱根町)の温泉旅館で暮らし、疎開児童や住民と交流した。戦時下の箱根温泉も、日本人傷病兵や敵味方の外国人の心身を癒やしていた。

 旧芦之湯村は女性参政権が制度化される前から、公民総会という女性を含む有権者の直接民主制で村政を決めた。全国的に珍しい民主的な自治は、温泉を中心とする共同体意識が培ったとみられる。衆生(しゅじょう)を救う地蔵信仰に基づく石仏群のジオサイトも、近くにある。

 地形を生かして土塁や堀で城下全体を囲む総構え(九キロ)で領民も守った北条氏の築城術は、豊臣秀吉との小田原合戦に参じた全国の大名の領国経営のモデルとなり、秀吉自身、大坂城に取り入れた。

 自然と共生する伝統は、県西地域で活発な自然エネルギー事業などに受け継がれている。箱根ジオパークはさまざまな角度から、歴史や自然とのつながりを教えてくれる。

<ジオパーク> 大地の公園を意味し、地球や地域の成り立ちを地質や地層に残す学術的に貴重な地域。国内に43あり、うち8地域は世界ジオパークでもある。県内は箱根ジオパークのみ。箱根町や湯河原町の温泉、箱根町の大涌谷や仙石原湿原、芦ノ湖、小田原市の小田原城、真鶴町の三ツ石海岸などのジオサイトは、南足柄市の編入で49に増えた。年間の観光客は3000万人。