仕事でも恋愛でも、常に気が抜けない東京人たち。

人生の冬を迎え、心が渇いてしまったら、東京から1時間のオアシス・軽井沢で己を見つめなおすと良いかもしれない。

東京砂漠で迷子になってしまった東京人たちを、軽井沢で出迎えもてなしてくれる女性がいる。美希、35歳。軽井沢レディ美希の暮らしと、彼女の元を訪れる東京人たちが美希とともに軽井沢で過ごし、心の平穏を取り戻す様子を紹介していく。

軽井沢に拠点を持つホテル会社の御曹司・誠司とともに軽井沢で暮らす美希。豊かな自然に囲まれ、夫婦2人で穏やかな毎日を送っているが・・・?


こだわりのコーヒーと伝説のクロワッサンで始まる、軽井沢の朝。


朝、美希はまずリビングで薪ストーブに薪をくべる。

それから『KARUIZAWA COFFEE COMPANY』で購入しておいた旧軽ブレンドをドリップ。今年の夏、旧軽に新しくできたお店だ。コーヒーにうるさい誠司曰く「深煎りで酸味がほとんどないところが良い」らしい。

次に、ジョンレノン夫妻も足頻く通ったという『フランスベーカリー』の塩クロワッサンをトースターで温める。これは美希の大好物で常に常備している。

「おはよう。」

部屋にコーヒーとパンの香りが漂った頃、誠司が2階にある寝室からリビングに降りてくる。

温めたパンの隣に、『発地市庭』で買ってきておいた、軽井沢産の霧下野菜をオリーブオイルと塩で味付けしてさっと盛り付け、朝食完成。

「うん、やっぱりこのコーヒー美味いな。美希、いつもありがとう。」

2つ年上の誠司とは結婚して早いものでもう10年になる。10年間、毎朝「いつもありがとう。」と感謝の言葉を述べる誠司の優しさとマメさのおかげで、夫婦2人ほとんど喧嘩することもなく仲良くやってきた。

愛する人とともに、薪ストーブの優しい暖かさに包まれ、新鮮野菜のサラダに丁寧に淹れた美味しいコーヒーとパンを頂く時間。豊かだわ、と美希は毎朝思う。

「ね、今日も帰りは遅いの?」

東京で仕事がある誠司を車で駅まで送りながら、帰宅時間を確認。

「今日は社長から、仕事の打ちあわせを兼ねて食事しようと言われてるんだ。また連絡するよ。」

「そうなの・・・。」

誠司の手前、美希は一応残念そうに膨れたが、夕食を作る必要がないとわかって心の中でラッキーと呟く。それなら別荘にいらしてるエミさん誘って、久しぶりに『エブリコ』でディナーでもしようかしら。

「美希、見て。今朝は浅間山がとても綺麗だ。」

誠司に言われて見てみると、澄んだ空気の中にとてもクリアに、その雄大な姿を確認することができた。ハッとする力強さに、心まで勇気づけられる気がする。

「本当だ。今日は良いことがありそう。」

穏やかに頷く誠司の丸っこい笑顔を見ると、美希はとても安心する。最近ちょっとお腹が出てきたのが気になるが、男は優しく誠実なのが1番だ。


旧軽井沢の『SAWAMURA』で出会ってしまった別荘自慢男

「僕の別荘は旧軽なんだけど」別荘自慢あるある


誠司を駅まで送ったあと、美希は旧軽の『SAWAMURA』に立ち寄った。ここで毎朝ホットティーラテを頂くのが美希の朝の楽しみだ。

旧軽の『SAWAMURA』は7月〜8月はオープン時から観光客で混雑していて、美希をはじめ地元の人間や別荘族もあまり近づかない。9月以降、ようやく軽井沢らしいゆっくりした時間が過ごせるようになる。

美希は目前に広がる紅葉を写真に撮り、Facebookを開いた。すると、「軽井沢に来ています。SAWAMURAで朝ごはん♪」というポストが目に入る。投稿者は、マコ。昔ブランドのレセプションパーティーか何かで知り合った典型的な港区女子だ。

以前から派手だったが、昨年、美容外科経営の男性と結婚してからさらに拍車がかかり、SNSにやたらとHマークのオレンジの箱をちらつかせている。

誤解のないように言うと、美希も母から譲り受けたものも含めバーキンを複数所有しているので特に羨ましいわけではない。

無視しよう、と思い携帯をピコタンにしまった瞬間、後ろから声をかけられてしまった。さすが東京24区と言われる軽井沢、偶然カフェで東京人と出会ってしまうから驚く。

「あれ、もしかして美希さん?」

聞き覚えのある甲高い声。穏やかな笑顔を作ってから、美希はゆっくり振り返る。

「マコちゃん!久しぶりね。今、ちょうどFacebookで見かけてどこにいるのかしらって思っていたのよ。会えて嬉しいわ。・・・ご主人様も、初めまして。」

「あ、ゆうちゃん、こちらは軽井沢に住んでる美希さん。」

ゆうちゃん、と呼ばれた男性は可愛らしい呼び名とは相反していかにも鍛えてます、という筋肉質な身体つきをしていた。肌ツヤもやたらといい。もう50歳近いと思われたが、シャツの襟もとからちら見えするネックレスが現役感をアピールしている。

「えっ、軽井沢に定住してるんだ?僕は旧軽に別荘を持ってて。美希さんはどの辺りに?」

そう、この手の人種はすぐに別荘地エリアを聞いてくる。

「南ヶ丘です。」

実家は旧軽にある、という情報は敢えて言わずにおいた。彼に知らせる必要のないことだ。

「今日は晴れだし、紅葉が楽しめる良い時期にいらっしゃいましたね。」

せっかく話題を変えたのに、「そうなんだよ。旧軽の僕の別荘はリビングが一面窓になってて、そこから紅葉がとっても綺麗に見えて・・・」と別荘自慢が始まってしまったので、もう勝手に喋らせておくことにした。

時々「へぇ、すごいですね!」と言っておけば話は合うだろう。


どこにでもあるマウンティング。軽井沢の港区的エリアとは・・・?

心に浮かぶ小さな「?」は女の第6感


美希の実家は軽井沢で代々続く大病院。誠司の実家は軽井沢に拠点を持つホテル会社を経営している。2人とも慶応大学に進学し東京で暮らしていたから最初の新居は日本橋に構えたのだが、美希の強い希望で3年前に軽井沢に戻った。

「美しい景観の中で生活すれば、美しい人生になる。」

美希はそう言って誠司を説得し、両親から譲り受けた南ヶ丘別荘地にレンガ造りの豪邸を新築した。300坪以上ある庭には芝が敷かれ、定期的にメンテナンスをして整然と整えられている。

今まさに「ゆうちゃん」が自慢しているように、別荘文化発祥の地である旧軽は古くから政財界の大物、文豪や音楽家など数々の著名人が別荘を構えてきた由緒あるエリアで、やはり断トツのステータスがある。地価も圧倒的に高い。

旧軽は軽井沢の港区的エリアといえるだろう。

とはいえ、美希の家がある南ヶ丘別荘地もひけをとらない。名門「軽井沢ゴルフ倶楽部」の会員を中心に別荘が建築されたエリアで、緑豊かな平坦地が広がる住みやすい別荘地だ。

「・・・だから、良かったら今夜僕の旧軽の別荘に遊びに来ない?マコもそのほうが楽しいだろうし。」

「へぇ、すごいですね!」と言いかけて美希は慌てて中止した。気が付いたら別荘自慢は終わっていたようだ。

「美希さん、ぜひ。軽井沢の暮らしのこと、色々聞きたーい!」

マコが甲高い声でプッシュしてきたが、申し訳ないが美希は「ゆうちゃん」の旧軽の別荘にもこの夫妻自体にもまったく興味が持てない。

「お誘いとても嬉しいのですが、今夜は友人とディナーの約束をしていて。」

いかにも残念そうに断って、「では、私はそろそろ。」とその場を離れた。朝から疲れる人種に出会ってしまった。帰ったら愛犬・チワワのフランちゃんと紅葉を見ながらお散歩してリフレッシュすることにしよう。

ああそうだ、エミさんに今夜の予定を聞かなくちゃ、と携帯を開くと、2人からLINEが届いていた。1つは、大学の後輩・加奈から。今週末軽井沢に来る約束の確認だ。

そしてもう1つは、誠司から。

「今日はかなり遅くなりそうだから日本橋の家に泊まるね。ごめん。」

OKのスタンプを送信した後で、美希はなんとなく変な感じがした。帰れないと判断するのが早すぎる。まだ午前中なのに。

「・・・まさか、ね。」

小さな「?」を消し去るように今朝の穏やかな誠司の笑顔を思い出し、美希はそれ以上考えるのをやめた。


次週10月22日土曜更新
高望みするBクラスの女を、軽井沢レディ・美希が一刀両断?!