広告代理店にはびこる、「チャラい」「遊び人」のイメージ。

広告代理店勤務の正社員女子たちにとって、代理店への先入観はレッテル以外のなにものでもない。

港区の大手広告代理店で、営業として働くマリア、29歳、彼氏なし。

9月を恋愛強化月間と名付けたマリアだが、恋は全敗。失意の中で「失恋休暇」という名の遅めの夏休みを取り、ハイスペック女子会で元気を取り戻すと、休暇明けからまた忙しい毎日を送っていた。30歳を目前にキャリアについても迷いを感じ始め、何気なく応募した転職先の面接は順調に進んでいた・・・


無邪気と厚かましさは紙一重


「私、結婚することになったの」



日曜日の昼下がり、マリアは高校時代の友人と2人で広尾の『ザ・テンダーハウス・ダイニング』にいた。

久しぶりに連絡をもらい、ランチに行く事になったマリアだが、顔を合わせるのは実に2年ぶり。左手の薬指に輝く指輪を控えめに見せる彼女を見ながら、マリアは嫌な予感がしていた。

「それでね、マリアちゃんに是非二次会の幹事をお願いしたくて。いいかな?」

この厚かましさはどこからくるのやら、嫌な予感は見事に的中した。


代理店女子は、こうして女友達に利用される


20代後半にさしかかってからというもの、週末は結婚式の予定が急増。

特にマリアと同年代、30歳を目前に駆け込み婚を決める女子は数知れず、マリアも今年、既に6つの結婚式と2次会に出席していた。

出席するだけならまだいいのだが、マリアはそのうち2つの2次会で幹事や司会を、1つの披露宴で友人代表のスピーチを既に終えたばかり。今回の依頼を通算すると、幹事は今年3度目となる。



「2次会会場なんだけど、ここ、どう思う?雰囲気良くない?」

テンダーハウスには結婚式場が併設されており、ウェディング激戦区の広尾エリアの中でも、最近人気のお店だった。普段は店の予約などしない彼女が、今日は自ら店を指定した意味が分かった。


代理店女子は、敏腕ウェディングプランナー?!


もしもアラサー代理店女子に、結婚式の2次会幹事経験率を聞いてみたとしたら、恐らく100%に近い数値をたたき出すだろう。

代理店女子=アイディア豊富で仕切り上手。

マリアたち代理店女子に任せておけば間違いないと言わんばかりに、結婚式の幹事を任されがちだ。

しかもその相手のほとんどは、社会人になってからはそれほど会っていなかったのに、結婚が決まる前後に急接近してくる、いわゆる「普通の友達」。

彼女たちは、マリアのアイディアや意見にいいねいいねと頷くばかりで、自分自身のアイディアはない。

今回のオファーをなんとか断わる方法をあれこれ考えてみるが、頼りにされると無下にできないのが代理店女子の性。

「新郎側の幹事って決まった?みんなでグループLINE作って、話進めようか」

今年3度目の幹事が、この瞬間に決定した。


失恋休暇を終えたマリア、幹事を引き受けている場合ではない!

インスタグラム、強がりの「いいね」・・・


失恋休暇を終えて、再び日常の代理店ライフに戻ったマリア。休みの間、欠席裁判で任せられた新規競合案件に着手し、仕事のスイッチも徐々にONモードだった。

※欠席裁判……本人不在の場で物事の判別や役割の任命を行うこと。
 誰も引き受けたくない面倒な役回りは、欠席裁判で割り振られることも多い。

更に、失恋休暇の最終日に受けた転職先の面接試験もまた、驚くほどスムーズに選考が進んでいた。

競合プレゼン、転職活動、やりたくない2次会幹事。全てが終わるまでは、当面慌ただしい日々になりそうだ。



昼休みにインスタを開くと、先日玉砕した年下の仮氏・ケイが写真をアップしていた。新しい彼女と旅行にでも行くらしい。開いた瞬間の想像以上のダメージに面食らったが、失恋休暇から戻った今のマリアには、立ち止まって落ち込むヒマなどもう残っていなかった。

精一杯の強がりでケイの投稿に「いいね」を押すと、競合のキックオフミーティングへと向かいデスクを立つ。

SNSにはいらない情報が溢れていると、つくづく思う。


仕事をしたい人と仕事する、営業の楽しみは「アサイン」


キックオフミーティングには、マリアの他に2人の営業担当と、マーケティング部・クリエイティブ部・メディア部のそうそうたる顔ぶれがずらりと並び、その中には先日の代理店女子会で一緒だった、コピーライター時代のマリアの姉貴分・吉本の姿もあった。

営業の醍醐味は、案件ごとに自分の差配でチームを編成できることだ。社内のスタープランナーや、お世話になった先輩など、アサインは全て営業次第。

「あんた、私をアサインするってことは、生温い仕事は許さないからね」

吉本から釘を刺され、会議室は笑いに包まれた。これだけの豪華メンバーを揃えたからには、負ける訳には行かないとは思うのだが・・・

転職のことが頭をよぎり、今回は思うように心のエンジンがかからない。マリアはどこか上の空のまま、打ち合わせに参加するフリをしていた。

営業は内勤を選んでチームを編成できるが、営業が内勤から選ばれることはない。「自分でなくてはいけない意味」を見出すのが、営業という職種は本当に難しいと思う。

転職エージェントからの連絡は、そんな上の空のマリアの心を狙い撃ちするように、絶妙なタイミングだった。キックオフミーティング終了後の夜、内定通知は届いた。


転職先から内定!どうするマリア?

キャリアの選択、マリアが一番大切なものは何?


同期・柳沢の転職に焦り、半ば勢いで始めた転職活動。手始めに受けた1社目で決まるとは夢にも思っておらず、マリアの気持ちは複雑だった。

こんな時、いつもなら柳沢と残飯に出かけて話を聞いてもらっていたのだが、そんな彼ももう居ない。夜のオフィスでデスクワークをしながら、マリアの心は一人ざわついていた。

今の7割の年収で、新しいチャレンジをするべきか、今の約束された社会的地位と年収を守るべきか。答えのでない自問自答を繰り返しながら、時間は過ぎていく。


心に体に沁み渡る、深夜のインスタントコーヒー


深夜2時のオフィス。
今日もフロアには、家出部長とマリアが残っていた。

「お前、今月も俺と残業時間で競り合う気かよ」

家出部長は笑いながらマリアに話しかけると、コーヒーの差し入れをくれた。深夜まで居残る女子社員を、部長なりにケアしているつもりなのか、窓際のイスに座るよう促され、オフィスの夜景を見つめながらブレークを取った。

「部長は、仕事のやりがいって何かあるんですか」

深夜のテンションで素直な疑問をぶつけたマリアに対し、部長の答えは意外なものだった。

「え? ないよ、そんなもの」



強い意志がある者は、その意志を貫けばいい。
夢が明確な者は、それに向かって頑張れば良い。

しかし、夢を具体的に語れない部長のような男にとって、大企業という守られた傘の中、ここまで新しい挑戦に次々出会わせてくれる会社は、広告代理店以外に思いつかないと部長は話す。求めなくても与えられる難題の数々、それを楽しんで取り組めることが、部長のやりがいなのだとか。

「お前最近、こっそり転職サイト見てるだろ?転職なんか考えないで、俺みたいに代理店営業をお前の天職にしろよ、なんてね」

まさか見られていたとは……部長の寒いギャグは、マリアの心をじんわりと温めた。

代理店営業としてキャリアを積んでいると、どんどんジェネラリストになっていく。それはつまり、自分が丸く、つまらない人間になっていると思っていた。

部長のように、どんな課題にも毎回新鮮な気持ちで取り組める自分に誇りを持てるようになれば、もう少しこの仕事を愛せるようになるのかもしれない。


最終電車はとっくに通り過ぎ、あと2時間ちょっとで始発電車が走り出す。何も解決していないのに、マリアは何故か少し救われた気がした。





次回9月29日(木)更新
いよいよ、代理店女子マリア最終回……! OG訪問で取り戻す、代理店女子の夢。



代理店女子マリアのInstagramはこちらから @_tokyomaria_