慌ただしく、そして力強く、東京を生き抜く男たち。

だがしかし、東京で暮らす男は皆、煌きながらも、密かに心の闇を抱え戦っている。

いくら頑張っても果てしなく渇き続けるそんな東京砂漠に、一滴の雫の如く、彼らの闇を癒す存在がいた。

エレナ、29歳。石川県出身。職業、精神科医。

国産を愛する「崇成」、ピュアすぎる「ケイ」、浮気性の「忠之」、能天気な「輝夫」、強敵の「黒崎」…数々の男たちの悩みを解決してきたエレナ。

最愛の元彼「サトル」との再会を機に、ついにエレナ自身が口を開く―。



エレナです。道ならぬ恋の話をします。


エレナです。先週、重さと軽さの話をしました。今日は私と「軽さ」の出会いについて話をさせてください。

最初に断っておきますが、これは「道ならぬ恋」の話です。不快に思う方も、そんなもの恋じゃないと笑う方もいるでしょう。

言い訳するつもりはありません。そういう方は、どうかここで読むのをやめて下さい。でも、もしも似た境遇の方がいて、私の話に耳を傾けて何か考えていただけたら嬉しいです。


洵、38歳。埼玉県出身。職業、裁判官。


当時私は20歳。38歳の彼はその年、札幌地裁の裁判官として単身赴任してきました。

法医学教室に出入りしている彼と知り合い、意気投合した…そう、思っていました。

今ならわかりますよ。18歳年下の女子大生と「自然と意気投合」するわけがない。そして3年限定で単身赴任中の彼にとって、「地元の女子大生」がいかに手軽な存在だったか。

地方都市は事件関係者との遭遇率が高いから、という彼の言葉を信じて、会うのはもっぱら彼の家でした。

「日本の裁判所では木槌は使わないんだよ」「極道の奥さんは本当に美人が多くてさ」―そんな小話を、好奇心旺盛な私は目をキラキラさせて聞きました。判決が出て彼の名前が新聞に載ると、律儀に切り取って保管しました。

月に1回、部屋や水回りが急に綺麗になって冷蔵庫の中身が増えている日がありましたが、目に入りませんでした。


既婚者はモテる。その理由は?


独身男性の多くは「断られたらどうしよう」「傷つきたくない」という思いから女性へのアプローチが冗長になって、チャンスを逃しがち。

既婚者は「ダメでもともと、いけたらラッキー」という程度で女を口説くので、リスクを恐れずに歯の浮くようなセリフを連発する。その熱心さの割に、断ればあっという間に諦めて次にいってしまう。

大胆さと引き際の絶妙なバランス。私もそうでしたが、恋愛経験のない女は馬鹿みたいに簡単に堕ちてしまうんです。


洵との出会いで、「田舎の子供」だったエレナの生活が一変して…?

若くして知ってしまった、東京の味。


田舎者だった私に東京を教えてくれたのは洵です。

クリスマスに泊まった『リッツ・カールトン』で初めてディナーのルームサービスを経験しました。ウェイターが恭しく給仕している間、若かった私は恥ずかしさと誇らしさでニヤニヤしっぱなしでした。

今思えばそのポーカーフェースのウェイターは、舞い上がって有頂天になっている私を痛々しい目で見ていたんだと思います。彼らにとってはあまりに見慣れた光景だったでしょう。

初めて歌舞伎座に連れて行ってくれたのも、洵でした。桟敷席の「おこもり感」には大感激。独特の雰囲気の中で彼とビールを飲んだのは、当時の私にとって「大人のデート」そのものでした。



世間じゃない。あなたでしょう?―太宰治


月に1度飛行機で東京に行き、ラグジュアリーホテルに泊まる。洵とそんな生活を続けているうち、私は同級生との間に溝を感じ始めました。「彼氏といつ手をつなぐか」を議論している彼女たちと、恋愛の話をする気になれなかったんです。

一人だけ、異質な女がいました。学芸大附属高校を卒業後、家出して2年間フリーターをしたあとに医学部に入学してきた、小百合です。

彼女の傷んだ金髪とグレーのカラコンは、田舎の医学部生の中で圧倒的に浮いていました。私は洵のことを誰にも言いませんでしたが、小百合は悪びれもせずに、バイト先の店長と不倫していると言いふらしていたんです。

「奥さんがいる人と付き合うなんて。そんなこと、世間が、ゆるさない」

ある日リーダー格の真理子にそういわれた小百合は、面倒くさそうに答えました。

「世間じゃない。あなたが、ゆるさないんでしょう?」

素知らぬふりをしてその緊迫したやりとりを聞きながら、私は心の中で「よくやった!」と叫びました。桜陰高校から現役でやってきて、今年人生初の彼氏ができて舞い上がっている真理子なんかに、私たちの気持ちがわかるわけがない。

「男と女はね、いろいろあんのよ」

そう言い捨て、枝毛の目立つ金髪をなびかせて立ち去った小百合に、私は内心拍手喝采を送りました。


「世間」を敵に回して走る恋。それに意味はある?


確かに小百合の言う通り世の中「いろいろある」し、絶対的な善悪なんてほとんど存在しない。

それなら何をしても良いの?

そうじゃなかったんです。漠然とした頼りないものであっても、「世間が許すか」という判断は大切なんです。皆結局は「世間」に守られていないと生きていけないんですから。若くて世間知らずだった私たちは、世間を敵に回すほどの覚悟も力もないことに気付いていませんでした。


再会した2人。エレナは10年越しの道ならぬ恋を清算できるか?

洵、47歳。埼玉県出身。職業、弁護士。


彼に毎年連れて行ってもらう『レ セゾン』でのディナーも、今年で10回目になりました。

彼は裁判官をやめて、今年から東京で弁護士事務所を始めたそうです。「良い裁判官が良い弁護士になれるとは限らないからね」と笑う洵の少し増えた白髪を見ながら、単身赴任を終えて家族と過ごす彼の姿を想像しました。

そのときの私には、彼が東京に戻ってきたことを喜ぶ気持ちも、家族と同居することを恨む気持ちもありませんでした。不思議なほど、なんの感情もわいてこなかったんです。

なんで?

彼が必要な場所が、私の中に残っていなかったんです。



既婚者との付き合いは、非現実の竜宮城。


洵と出会った頃、私はとても視野が狭かった。これから仕事も結婚も出産も完璧にしなくちゃいけないと思って、自信がなくて、不安で。あんなにやさしいサトルとの関係を喜べない自分のことも、許してあげられなかった。

切羽詰まって逃げ出したかった私は、「洵にとって私なんてどうでも良いんだ」という「軽さ」に安心したんです。

お互いの人生にとってノーカウントな関係。私の一挙手一投足は誰にも影響を及ぼさない―そう思うと、彼の前では自由にのびのびと過ごすことができました。

私はただ自分の人生から逃げていたんです。少し視野を広げれば、逃げ出さなくても、色々な脇道があったのに。彼の奥さんやサトルには、お詫びの言葉もみつかりません。


彼が必要な場所がなくなった時、道ならぬ恋が終わる。


今の私には大好きな仕事があります。なんでも話せる友達もいるし、一人の時間を楽しむこともできる。人に自慢できることは無いけれど、自分に胸を張ることはできる。行き止まったら寄り道する余裕もある。

―いつのまにか、彼が必要な場所が、私の中からなくなっていました。

「ねえ、これで会うの最後にしようかなって思うんだけど」

「どうして?」

「うーん、もうすぐ30だし」

「嘘つき」

彼は、私のそんな誤魔化しをすぐに見抜いて笑ったけれど、それ以上聞いてはきませんでした。



洵と別れて自分の人生を生きようと私が思った、もう一つのきっかけ。

それは来週、この帝国ホテルで大事な大事なイベントがあるからです。


<次週9月28日(水)最終回>
強烈な結婚宣言をした「バブル系美人形成外科医」サトコが、ついに挙式!そこで「10歳年下、俳優の卵」の新郎が言い放った予想外の一言とは?


【これまでの精神科医エレナ】
vol.1:バブル系形成外科女医 vs 清楚系精神科女医。女の衝撃報告から物語は始まる。
vol.2:自信欠乏者な「ザ・国産男」。彼の失恋に効く処方箋は?
vol.3:キレる、泣く、束縛する…結婚で豹変した女。男がやりがちなNG対応とは?
vol.4:エレナも惚れた『セスナ』所有の経営者。その呆れるほど「ゲスな」悩みとは?
vol.5:「ハゲ」は男の最大の武器!今宵もエレナ先生がトンデモ論を連発?
vol.6:診療科別、リアル「医師の恋愛事情」。一番危険な男は、何科の医者?
vol.7:愛するとは、○○○こと。精神科医エレナの出した答えとは
vol.8:なぜエレナは、最高の幸せを自ら投げ捨てたのか?東京で狂った、元彼との歯車


『レ セゾン』
『帝国ホテル東京』本館2階に位置する、日本フレンチの王道中の王道。「クラシカルモダン」をテーマにデザインされた空間は、メインダイニングとしての重厚感と洗練された現代的な雰囲気が調和する。素材を厳選し、伝統を踏まえながらも新たな感性を取り入れて作り上げる料理は驚きと発見の連続。