座布団、眼鏡、唐辛子、亀の甲――。

一見、何の共通点もないバラバラな単語にみえます。ですが、これらは、ある1つの場所で同時に目にすることができます。答えは焼肉。「ザブトン」「メガネ」「トウガラシ」「カメノコウ」。全部、焼肉店で出される希少部位のメニュー名です。





東洋経済オンライン


メニューを細分化する焼き肉店が増加

私は週2ペースで都内の焼き肉店を訪店しています。予約困難店含め100店舗以上を訪店しており、日々美しく、おいしい焼き方を独自に研究しています。かつて焼き肉といえば、タンにカルビにロースの棲み分けができれば十分だった時代がありましたが、今やメニューが希少部位化され、より細分化されてきています。


「ザブトン」…… 肩ロースのあばら骨側にある肉。サシ(霜降り)がしっかりと入っている部位で店によっては特上カルビとして出される場合がある 

「メガネ」…… 牛の牛骨周囲にある肉。部位名の由来は、切り出した形が眼鏡に似ていることから。ハラミのような柔らかさと赤身肉のうま味を兼ね備えている

「トウガラシ」…… 肩の一部で、肩甲骨付近の肉。赤身のうまみが強く、肉汁が多く出るのが特徴 

「カメノコウ」…… 内モモのシンタマの一部で、断面の模様が亀の甲羅に似ていることが名前の由来。脂肪が少なく赤身のうま味も凝縮されている

出所)『焼き肉の教科書』宝島社


約10年前から部位の区分けによるメニューを細分化する焼き肉店が増加してきました。微妙な部位の違いを希少部位として提供することで差別化を図ろうとした結果です。ここで希少部位と言っているのは、驚くべきことにこれまでも食べていた焼き肉の部位です。


タン、カルビ、ロースの細分化

よって、タンにカルビにロースがメニューから消えたわけではありません。たとえば、タンはタン先、タン元、芯タン、タン下などに細分化され、芯タンは、舌の付け根で脂肪がのった霜降り状の柔らかな部位なので、硬めのタン先とは区分けして食べられるようになりました。

ロースもリブロース、肩ロースなどに細分化。カルビに至っては、同様に細分化が進みましたが、結果として、完全にメニュー名から消し去っている「赤坂みすじ」(東京都港区)のような焼き肉店も出てきました。

肉メニューの細分化が進んだ理由として、肉の部位にはこれまで厳密な定義がなく、赤身っぽいのはロース、サシ(霜降り)の入ったのはカルビ程度の分類しかなく、細分化による価値の再定義をしやすい状態にあったことに起因しています。

希少部位は一昔前まで、上カルビや上ロースとして細かい区分けなく、提供されており、たとえばザブトンは特上カルビとして、提供されていました。

キラ星のごとく登場したように思われがちなこの希少部位が、焼き肉店の解釈の仕方、切り方により誕生したメニューだったのは実に驚きです。ともあれ、このメニューの細分化により、焼き肉が日本のユニークな食文化として確立していくことに拍車がかかりました。

希少部位の登場で、部位の単位、名称の細分化により、焼き肉文化促進に貢献すべく、私のような焼き肉探検家、焼き肉奉行、焼き肉部長のタイトルを自称する蘊蓄を垂れたい人が増加したのは間違いありません。

焼き肉の奥深さを知る蘊蓄を垂れたい焼き肉ハードユーザーは、希少部位のことを良く知らないソフトユーザーを呼び込みます。個人的にはシャトーブリアンから少し外れた側の部分が柔らかくて噛み応えもあり、お肉の味も濃厚でおいしいと思っています。


SNSの盛り上がり、定着時期と合致

10年前というと、ちょうどFacebook、TwitterなどのSNSが日本でも盛り上がり始めた時期と合致します。ここ数年では、より写真、動画を鮮明に打ち出すSNSのInstagram(インスタグラム)でしょうか。

SNSの盛り上がりと焼き肉メニューの細分化による希少部位の提供は偶然ではないはずです。なぜなら、焼き肉メニューの細分化された生肉状態の希少部位は投稿映えするからです。その証拠に、提供する焼き肉屋側もSNS投稿映えする工夫を凝らして盛り付けしています。

✔ お皿に盛られた部位に名札を付ける(結構な焼き肉店で目にします)
✔ 木箱に入れて盛りつけて提供(浜松町・くにもと、代官山・かねこ)
✔ 肉の階段状に盛り付ける(浜松町・神戸びいどろ亭、銀座・WORLD DINER)
✔ ざぶとん重ね盛り(渋谷・渋谷ざぶとん)


部位の違いを楽しめる食べ方

細分化された希少部位と投稿映えする肉の盛り付け。SNSの投稿頻度とともにメニュー細分化は供給側の提案だけに留まらず、需要側を波に乗せ、完全に定着してきたと言えます。

SNSのイベントページでの焼き肉店への誘い、また、グループで「肉部」を設立し、希少部位を楽しむグル―プの投稿を目にすることも珍しくありません。

投稿で目に触れることにより、予約困難店の予約がさらに取りづらくなっているという現象も起きています。東京・曙橋にある人気の焼き肉店「ヒロミヤ」へ2016年5月に訪店した際、個室2階席の予約を試みましたが、予約できたのは20カ月後の2018年1月でした。


部位の細分化による通り一遍等の食べ方からの脱却

タンにカルビにロースのおおざっぱな分類のときは、タンにはレモン汁、カルビはタレか塩、ロースはタレで十分満足できる固定化された食べ方の提供で、味の変化はテーブルに備え付けのコチジャンくらいでした。

メニューが細分化した現在では、提供する焼き肉屋のほうも、試行錯誤し、微妙な部位の違いを楽しめるように、食べ方の提案をしてきています。

✔ レモンの絞り汁一辺倒で食べられてきたタンを長めにカットし、塩昆布で巻いて食べる
✔ 肩甲骨から二の腕の部位ミスジを出汁と大根おろしで食べる
✔ 肩ロースの下部であるザブトンを大きめサイズにカットし、すき焼きのように生卵に絡めて食べる
✔ リブロース芯に雲丹を乗せて雲丹ロールとして食べる


今後、注目されてくるのは

微妙な部位のおいしさの違いを食べ方、盛り方の提案で時代の投稿主流の潮流に合わせてきた焼き肉店。メニュー細分化は提供する側の価値と、実食する以外に魅せる、投稿するという新しい楽しみを発見した需要側のバランスがマッチした最高の結果なのです。

メニューの細分化がSNSの定着前であれば、一過性のブームに終わり、これほど定着することはなかったかもしれません。


需要供給バランスの一方的偏りに起因

一方で、メニュー細分化による希少部位の需給バランス崩壊により、定着しているという見方もできます。需要と供給の一般論になりますが、まず需要から言うと、希少部位としての希少性という価値を見いだす→食べたい要望のお客さんの人気が高くなる(需要高騰)→価格高騰、高位安定という構図です。

供給面からみると、区分けにより、牛一頭から数キロしか取れない部位→供給が需要に追い付かない→価格高騰、高位安定となります。希少部位は万人が満足する味かは別の話ですが、需給バランスが一方的に崩れている状態が継続していることも認識しておくべきです。

今後ですが、希少部位によって、部位が細分化されるわけですから、細分化されているだけの焼き方がもっと注目されてくると考えられます。つまり、焼き方の多様化です。

ガスレンジ、炭によって火力も、良く焼ける場所も違ってきますし、部位の数だけ焼き方が異なるのであれば、食べる方もこれまで同様、写真を撮って投稿することで喜びを感じている場合ではありません。

店側が部位によって食べ方の提案をしてきているなら、もっと、火加減を見て、肉の発する音と対話しながら焼くことに集中すべきです。おいしく食べるために肉との真剣勝負が加速することにより、メニューの細分化がさらに充実してくるはずです。


著者
小関 尚紀:リーマン作家/MBA

<関連記事(東洋経済オンライン)>

・「A5」の肉が最も美味しいとは限らない理由

・「いきなり!ステーキ」に死角はないのか

・身近な割に誤解が多い「日本の牛肉」の真実