ー総合商社に入れば、人生、一生安泰で勝ち組。ー

東京において、商社マンというのは一見、社会的ステータスの高い、万能なカードに見える。

しかし、果たしてそれは事実なのか?

商社という舞台には、外部からは計り知れない様々な人間模様があり、出世レースに関する嫉妬と憎悪に満ちた縦社会のプライド合戦も繰り広げられている。

早稲田大学商学部卒業後、大手総合商社に入社した優作。彼の商社マン人生は、薔薇色なのか、それとも?

バナナ・プリンスになって日本に帰国したが、新たな事業部に飛ばされた31歳。32歳で遂に結婚したが、麻里子と一夜を過ごしてしまった矢先、同期の純也がヘッドハンティングされ外資系企業に転職することになった。



一生、純也は商社にいると思っていた。
大好きな商社を辞めるなんて、信じられなかった。

「本当に商社辞めてそっち行くの?」

「まぁね。チャレンジする時が来たかなと思って。給料も良いし」

転職先は、六本木ヒルズに入る外資系IT企業だった。

これまでに、純也が仕事ができるという噂を聞いたことがなかった。なのに何故ヘッドハンティングされるのだろうか。純也は慶應の幼稚舎出身だ。早稲田出身の優作からすると良くわからないが、そのツテのお陰?まさか純也に先を越されるとは...

「いや、先を越された訳ではない」

自分に言い聞かす。しかし課長クラスがやたらといる日系の商社に永遠に留まっていて良いのだろうか。チャレンジして、起業したり転職をすれば、人生は変わるのだろうか。頭の中が“タラレバ”でいっぱいになる。

「もしもあの時こうしていたら、もし今後何かしたら...」

結局、何も行動できない自分がいる。それを分かっているからこそ、余計に焦りが増す。自分も何かしなければと思うが、足がすくんで動けない。

「一体、俺は何をやっているんだろう... 」

絶望に似た、救いようのない気分になった。


転職した純也に嫉妬と焦りを隠せない中、妻の妊娠が発覚し、遂に優作は父親になる

優作、父になる。そして家を買う


由美の妊娠が発覚したのは、それから半年後のことだった。

「名前何にする?キラキラネームより、敢えて古風な名前がいいなぁ」

「えー本当?笑顔(ニコ)とか、大也(ダイヤ)とか可愛いのに〜」

最近のキラキラネームの斬新さに驚きながら、今時の先生は大変だな、と要らぬ心配をしてしまった。(優作なんて、素晴らしくシンプルな名前だ。)


日に日に大きくなる由美のお腹を見ながら、幸せを噛み締める毎日が続く。しかしそれと同時に、とてつもない不安にも襲われる。

ローンを組んで家族で住む家を買い、出掛けられるように車も買う。子供の養育費もかかってくるし、今までのような生活はできないだろう。

年収は1,000万円を越えていたが、想像以上に生活は普通だった。明日のご飯を心配する必要はないが、億ションに住める訳でもなければ、フェラーリやマクラーレンが買える訳でもない。34歳にもなると、夢と現実の境目がハッキリ見えてくる。

「俺のレベルはこの程度ってことだな」

車はランドローバーにした。ファミリーでも乗れるし、一人で乗ってても見栄えも良い。貯金があったのでローンは組まずに一括で買った。



車の次は家の問題だ。現在二人で住んでいる家でも良いが、子供ができるなら将来子供部屋が必要になってくる。

「これが家庭を持つということか...」

家探しは難航したが、豊洲のタワーマンションか二子玉川のマンションかで散々悩んだ挙句、二子玉川のマンションを買うことに決めた。東京都心部特有の喧騒から少し離れたかった。

「六本木のタワーマンションとかじゃなくてごめんな」

「何言ってるの?二子玉川、最高じゃない!今やおしゃれママの聖地なんだよ」

由美が港区女子のようなコストが高い女じゃなくて良かったと心の底から思った。

家を買った途端に責任感が増し、それと同時にどこか見えない鎖に縛られた感じもした。もう失敗もできなければ、人生を180度変えるような冒険もできない。


ローンを払い、家族を養う重圧が、ずしりと急にのしかかった。


家を買ってしまった以上、もうチャレンジはできない?そんな矢先、賢治が日本に帰ってきた

ライバル対決、再び


「よぅ、優作!純也、会社辞めたんだって?」

賢治が帰国したのは知っていたが、帰国早々、会社の前で会うとは思っていなかった。まぁ同じ会社だし、会うのは当たり前か...

「賢治、お帰り。そうなんだよ、あいつヘッドハンティングとか言い出して」

「最近多いからなー、ヘッドハンティング。」

「え、多いの?」と聞こうと思ったが、慌てて口を閉じる。きっと賢治の所にもオファーは来ているのだろう。こっちにオファーが来ていないとは絶対に言えない。

「それにしても、純也が辞めるのはちょっと意外だったな。同期の中でも永遠に出世しなさそうだったのに(笑)」

賢治も同じことを思っていたらしい。純也は出世しそうなタイプではなかった。だからこそ、純也は転職することを選んだのだろうか?

「そういえば子供産まれたんだって?おめでとう。優作がパパなんて...何か信じられないけど、すごく嬉しいよ、俺は」

賢治のズルさはここにある。仕事上では軽々と人を踏み台にしておきながら、根本は10年前、一緒に入社した時と変わらない。情に厚く、涙もろい。デキる男というよりは、どちらかと言うと冴えないタイプ。でも、アメフトで鍛えた上下関係の厳しさを武器に上から直ぐに気に入られる。

その一方で、いつも涼し気でポーカーフェイスと言われることが多い俺は、昔から上の人から嫌われることもなければ好かれることもなく、微妙な距離感があった。賢治のように上に取り入ることも出来なければ、純也のように社交的でもない。

「せっかく帰ってきたし、また近々飲もうな」

足取りが重いまま、自分のフロアのエレベーターボタンを押す。



気がつけば開いていた同期との差


二子玉川のマイホームは最高だったが、通勤が大変だった。満員電車に揺られて出勤し、また電車に揺られて家に帰る。家に帰れば子供は大泣きし、由美は奥さんから母親に変わった。週末は車を出して買い物に行き、家族サービス。すっかり所帯染みた。でも幸せだった。



そんな時、賢治から連絡が来た。

「実は俺も家買ってさ。今度家族で遊びに来いよ。」

由美も是非行きたいと言うので、早速シャンパンを手土産に賢治の新居にお邪魔した。まさかとは思っていたが、六本木一丁目にあるタワーマンションだった。

「お前さ、俺と同じ給料のはずだよな...?」

「あはは。ずっと独身だし、ブラジル赴任中もアメフト以外、大して遊んでもいなかったからさ。優作みたいに素敵な家族もいないから老後のためにね。」

海外の特別手当は大きいと思う。しかしそれを差し引いても、この家を見れば賢治の方が、給料が高いことは一目瞭然だった。


もう、みんな一列に並んではいない。
いつの間にか、皆助走をつけて大きく飛んでいた。

賢治の家の窓からは光輝く東京タワーが見えた。


次週10月9日日曜日更新予定
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