埼玉県出身のユリ、27歳。大手損害保険会社でエリア総合職として勤務。強い自立心を持った彼女が、彼氏と同棲していた港区を抜け出し、代々木上原という地で、迷い、葛藤しながら自分らしさを取り戻す。

南麻布に住む彼氏・聡のレシート明細を見て浮気を知ったユリは、会社の先輩・綾子に憧れ、代々木上原から徒歩圏内の幡ヶ谷エリアに引っ越す。

一人暮らしにも慣れ、楽しさを感じていたが、元彼・聡からの連絡でモヤモヤし始める。現状を打開しようと転職サイトに登録するが、年収450万事務職OLという自分の価値を知ったユリは、会社の先輩である綾子に相談することにしたが…?



「自分のこと、そこそこイケてるって思ってるんじゃない?」スーパー綾子からの強烈なダメ出し


綾子と代々木上原の『青』で待ち合わせた。美味しいお酒と食事が楽しめるこの店は深夜2時までやっているので、夫婦でよく来るらしい。



今日の綾子は、ピンクがかった薄いベージュのパンツスーツに、セルジオ・ロッシの同色系のヒール、鞄はロエベのボストンバックを合わせている。どんな仕事着でも、女性らしい柔らかな雰囲気をいつも漂わせている。

早速、最近のモヤモヤについて話した。27歳、一般事務職で彼氏なし。未来への希望でいっぱいだった20代前半と比べると、今は不安しかない。

やりたいことがある訳でもないし、好きな人がいて結婚したい訳ではない。転職サイトに登録したものの、大企業の一般職という現状より良いと思える現実はなかった。

どうすればこの中途半端な現状を抜け出せるのだろうか。少しでもヒントが欲しかった。

しかし綾子はユリの話を最後まで聞き、その悩みを一刀両断した。

「ユリちゃんは、結局どうしたいの?」

多少ならずとも共感を求めていたが、そんな気配は全くない。

「ユリちゃんてさぁ…。見た目も可愛らしいし、周りと比べて自分はそこそこイケてるって思っているんじゃない?」

ぐさぐさと核心をついてくる。

「それなのに、あれが足りない、これが足りない。本当の私はこうじゃない。そんな不満ばかり並べてさ。自分で選んだ人生でしょ?」

本質をつかれたようで胸が痛かった。


将来に対する不安がゼロになることはない?


意気消沈しているユリに気付きながらも、綾子はここの名物であるうにいくら丼を美味しそうに食べている。その細い体からは予想できない食欲だ。



結局その日は早々に切り上げた。軽い溜息をつきながら綾子はこう言った。

「色々言っちゃったけどさ、将来に対する不安とかモヤモヤがゼロになることなはいよ。」

意気消沈しているユリを見かねて言ったのか、本心は分からなかったが、「スーパー綾子」にも、人知れず悩みがあるのかもしれない。そう感じた。


綾子にダメ出しされて落ち込むユリ。厳しい言葉をどう乗り越えるのか?

スペック抜きの男女の出会いとは?


耳が痛くて思い出したくもないが、さすがは「スーパー綾子」。ユリへの指摘は的確だった。可憐な見た目からは想像できないほど、相手の本質をつかんではっきりモノを言う。

「自分はそこそこイケてるって思ってるんじゃないの?」

この言葉が一番、胸をえぐられた。確かにそう思っている節はある。そう思っているからこそ危機感はなく、不満を並べているだけなのかもしれない。

散々ダメ出しをして罪悪感があったのか、綾子は週末にある食事会に誘ってくれた。「代々木上原会」と称して、近くに住んでいる友だち何人かで不定期で集まっているらしい。

代々木上原に住んで1年以上になるが、近所の友人は綾子以外いない。近所づきあいという感じが新鮮だし、興味が湧いてきた。

その週の土曜日、代々木上原会が行われる『Grill&Pasta CHIANTI 代々木上原店』に向かった。

ここは、邸宅をレストランに改築したような佇まいで、代々木上原のレストラン巡りをしているときから、ずっと気になっていたお店だ。



そこには6,7人ほどの人が集まっていた。新しい人が来るのには皆慣れている様子で、温かく歓迎してくれた。

食事会のように、事前に勤務先や年齢、学歴などスペックを知っているわけではない。事前情報は「代々木上原に住んでいる綾子の友人たち」。ただそれだけだ。

集まっている人たちは、40代近いと思われる女性やいかにも自由業らしい身なりの男性など、さまざまだった。

ユリは不思議な感覚に囚われた。今まで参加していた食事会では、「ハイスペックな男性と知り合うこと」という明確な目的があった。しかし、ここでは美味しい食事とお酒を皆でただ楽しむ、肩の力が抜けた空気が流れている。

皆が何歳なのか、どこで働いているのか、どんな大学を出ているのか。一切分からない。スペック抜きの、人との出会い。新鮮だった。


弱った心に効く、ある男の一言


ユリの隣は、二階堂という男だった。年は30代半ばだろうか。男性にしては髪が長めで、肌の色は黒くワイルドな雰囲気だ。チェックのシャツにジーパン、というラフな格好だが、大分こなれている。

初めは、近所のどこのパン屋が美味しいだとか、普段夕食はどうしているのか、そんな当たり障りのない話をしていた。

二階堂は饒舌なタイプではなく、ユリの話に熱心に耳を傾けてくれるのだが、たまにクスッと笑う顔が可愛らしい。

「普段は何の仕事をしているの?」

そう聞かれて、仕事の話をぽつりぽつりとする。損保OLの仕事といっても分かりづらいし、補助的な仕事ばかりだ。しかし、二階堂はユリの話を一通り聞いたあとで、優しい口調でこう言った。

「ユリちゃん、頑張ってるんだね。」

綾子の痛烈なダメ出しの後で自信をなくしていたので、何気ない一言が身に染みた。


仕事に対するユリの本音と、動き出す恋愛…

有名私大から有名企業へ。優等生がレールから外れる怖さ。


初めての代々木上原会は、とても楽しかった。その場にいた人たちは、年齢も職業もバラバラ。既婚者もいたし、夫婦で来ている人もいた。

同年代の集まりだと、どうしても心の内ではお互いをランク付けしているような気がするのだが、境遇がバラバラな人が集まるとそれがない。

しかし、こうした日常に少し変化はあったものの、相変わらず会社と家の往復の毎日だ。

あえて変化と言うならば、通勤電車の中で転職サイトを暇つぶしがてらにチェックするようになった。



「ユリちゃんは、何がしたいの?」

綾子からそう問われたとき、心の奥底にしまっていたある感情が湧きだした。

ユリは元々広報やPRの仕事に興味があり、就職活動で何社か受けていた。しかし、内定が出たのはベンチャー系のPRの会社だった。

悩みに悩んだ末、結局今の会社に決めた。数年経ってもし転職したければそのときすればいい。有名私大に入って有名企業に就職。そのレールから外れるのが何となく怖かった。

日系の大企業は、よほどの実力者でないと中途入社は難しい。今でもこの選択は間違いではないと信じている。自分のプライドがある程度満たされているのもこのせいだ。


転職サイトを見ながら気づく、心の奥底にしまっていた思い


しかし、今こうして転職サイトを見ていると、昔と変わらずPR系の会社を探している自分がいる。心のどこかで、やはり引っかかっている自分がいることに気づく。

その点、典型的な港区ガール・玲子はいつも自分の欲求に正直だ。化粧品会社のプレスとして働いている彼女は、就職活動のときも「絶対プレスになる!」と公言していたし、今は「年収2,000万以上の人と結婚する!」と食事会に励んでいる。

ユリは玲子のように正直になれない。華やかな仕事をしてみたいと思いつつも、自分には無理だといつも保険をかけてしまう。しかしそれだといつまで経ってもモヤモヤは晴れない。

「PRの会社、受けてみようかなぁ…。」

ソファに転がり携帯を見ると、新着メッセージの表示が2件あった。そのメッセージは、代々木上原会で知り合った二階堂と、元彼・聡からのものだった。


次週10.3月曜更新
自分の気持ちに向き合おうとするユリ。そして、二階堂と聡からの連絡とは?