年収4,000万円の眼科医、青山ヒロムとタッグを組んで東京恋愛ジャングルを楽しむ雑食系男子・植木くん。

しかし、あろうことか、彼は青山ヒロムに想いを寄せる菜々緒を愛してしまった。

T.Y.Harborでのランチから、恋模様はどう揺れ動いていくのか?


猟奇的な彼女が、恵比寿横丁でクダを巻く。


「なによあの男。結局、体目当てってことじゃない!」

菜々緒さん。恵比寿横丁が、圧倒的にドラマセットになってしまうあたり、27歳の彼女のポテンシャルは計り知れません。

恵比寿駅東口より徒歩2分。全13店舗の個性溢れる飲食店が軒を連ねる恵比寿横丁は、涙がこぼれそうな心が弱っている時なんかは最適な場所だと思います。

玉石混合・国籍不明の猥雑でごった煮のような空間は、喜怒哀楽の中で最もセンチメンタルで繊細な哀しみの感情ですら、偽物じみたチープなモノにしてしまうから、ありがたいです。

そう、ここは感傷的な涙が似合わないディープな酒場。

「だいたいさ、東京で暮らすのに、車なんていらないのに!何で毎回車で登場するのよ。それに『カーザヴィニタリア』なんて、もう行き飽きてるっつーの。」

ビールを煽りながら毒を吐く彼女の攻撃力に他人事ながら胸が痛い。男は、最終的に女たちのサンドバッグになる宿命なのでしょう。心の中でヒロム氏に合掌です。


青山ヒロムへの愚痴・・・徹底的に聞き役に回る植木くんに、光は差すか?

女のワガママを受け止めるのが、男のワガママ。


「ちょっと、植木くん。」

他人事と思って気を抜いてきたら急に矛先が目の前に突きつけられて驚きました。アルコールをかなり煽って目がすわっている菜々緒さんは、色白の肌が桃色に上気しています。

「どうしました?」

菜々緒さんは、手にもったビール瓶を金さんの印籠のように僕の目の前に突き出しました。



「ジョッキ、空!」

もう何杯目でしょうか、油断していた僕は、菜々緒さんのグラスが空になっていることに全く気付きませんでした。いつの間にか、女王様と、下僕のような存在になっていることに苦笑いしながら、僕は、手を上げて店員にオーダーしました。

「あんた、それでも本当に代理店の営業マンできてるわけ?」

菜々緒さんは、酔っ払うと少し面倒な、怒り上戸のようです。しかしながら、女のわがままを受け止められることができるのが男のわがままだと遊び人の先輩が言っていましたが、菜々緒さんのわがままを受け止める貴重な場をいただける僕は、非常にラッキーボーイだと思わなければなりません。

「一応、これでも、同期出世はナンバーワンだと思います。」

ひらりとかわして僕が言うと、店員がもってきたビールを奪い取ると、一気にゴクゴクと喉を鳴らして半分近くを飲み干すと渋く声を絞り出しました。

「って言ったって、35歳の代理店の営業マンなんてせいぜい1,200万ってとこよねぇ・・・」

そう言ったところで、菜々緒さんは、机に突っ伏して寝てしまいました。綺麗とは言えない恵比寿横丁のテーブルに、菜々緒さんの長く美しい髪が流れています。男としての面目丸潰れではあるものの、僕は、むしろ菜々緒さんの美しい髪が汚れてしまわぬように、菜々緒さんの髪に触れ片方に束ねました。

シャンプーのCMに出てくる福山雅治のように、エロティックで艶やかな髪を寄せると、菜々緒さんの白い首筋が覗き、僕は思わず、手を止めました。そして、そこから、菜々緒さんが目を覚ますまでの間、僕は、その首筋を眺めていました。

中学生の男の夏休みの悶々とした欲求不満に似た濃密なセクシュアルな夜。


ようやく目を覚ました菜々緒。やられっぱなしだった植木くんが牙をむく・・・?

化けの皮を剥いだ君を愛せるのは僕くらいなもの?


猟奇的な彼女が、起きたのは、それから30分後。

「えー!植木くん、何で起こしてくれないの!」

猟奇さは少しだけ影を潜めたものの、ヒロム氏の前では、猫をかぶっていた菜々緒さん。実は、非常にバイオレンスな女性だったことなど、ヒロム氏は知らないでしょう。

「私、何杯飲んだ?すごい顔赤くない?」

ーもう一杯ビール飲む?赤くなったっていいじゃない。ー

そう言いたいところを殴られでもしたら嫌なのでぐっとこらえます。「Heavenly kiss」の中で桜井さんは歌っていますが、化けの皮を剥いだ君を愛せるのは僕くらいなもんなのかもしれません。



会計を済ましていた僕らは、猥雑な真夏のような熱気立ち込める恵比寿横丁を抜けました。

ふたりで外に出ると、思わぬ出会った秋の風。

夏の終わりは自分で決めると、ドラマ「ビーチボーイズ」の中で反町隆史は言っていましたが、僕の破廉恥で雑食な恋愛ゲームの時代も終焉を迎えることを心の中で知りました。

そして、タクシーを止めて、菜々緒さんを後部座席にのせると、僕は彼女の顔を引き寄せて、強引に唇を奪いました。たとえこの後、思いっきりビンタされたとしても、こう言えばああ言う猟奇的な彼女には、愛を語るよりも口づけを。

びっくりしている菜々緒さんから、唇を離すと、ビンタされる前に、強引に扉を閉めました。女王様に従っている男の逆襲だと言わんばかりの笑顔で手を振ると、驚く菜々緒さんを乗せたタクシーが走り出しました。

午前1時。恵比寿の夜は、まだまだ遊びたりない男女であふれています。

しかし、僕は、その男女の浮ついた軽薄な感情に全く未練もなく、タクシーに背を向けて家へと歩き出しました。