東京都港区。

東京の中心であるこのエリアには、数多くの“ロマンス”が詰まっている。ドラマみたいな出来事や、ドラマ以上の出来事が港区で過ごしていれば、降りかかってくることもある。

この“港区ラブストーリー”は、2007年に出逢った26歳の女と24歳の男の2016年までの恋模様、“あの日、あの時、港区で”の様子を描き出していく。

2007年、麻布十番で知り合った、ラジオ局勤務のさとみとテレビ局でADをしている潤。付き合いだした二人は麻布十番で半同棲生活を送るなど、幸せな日々を送っていたが、潤の度重なる浮気が発覚し、二人は別れてしまう。

それからさとみは婚約し、潤には彼女ができた。そんな二人が、2013年友人の結婚式で再会する。お互いの事が気になりながらも、それきり二人は会うこともなく……。



2015年:コンラッド東京開業10周年


由梨は東京タワーのふもとにある病院を出て、カフェに入ろうと汐留シオサイトへ向かった。5区のイタリア街はドラマやCMの撮影で使われることも多い場所。

由梨はこの雰囲気が好きで、妊婦健診の帰りはここに立ち寄るのが恒例となっていた。

店に入りハーブティを飲みながら、手帳を取り出す。妊娠した時期を逆算すると、やはり潤が1ヵ月の海外出張に行っていた時期になる。

相手は潤と出会う前に付き合っていた翔だ。地元の群馬に帰っていた彼から「仕事でしばらく東京にいるんだ」と連絡が入り、軽い気持ちでその日の夜食事に行った。

久しぶりの再会でテンションが上がってしまい、互いに相当な量のお酒を飲んだ。気付けば朝の6時、翔が泊まっているホテルで目覚めた。どちらも服を着ておらず、由梨は「とんでもないことをしてしまった」という焦りに襲われた。

だが、翔との逢瀬はそれから何度か繰り返された。

「もう一度付き合いたい」と言う翔の言葉を、のらりくらりとかわしながら、潤のいない寂しさを紛らわせていたのだ。

「ズルイ女だな」と自分のことを軽蔑しながらも、翔と会うことをやめられなかった。

「忙しすぎる潤が悪いんだから」

そう思うことで、自分の罪悪感を軽くするよう努めていた。

妊娠時期を計算すると、相手は翔だと考えるのが自然なのだ。そのため妊娠が分かって以来、由梨は葛藤が続いている。



このことを潤に打ち明けるか、一生自分の胸に秘めておくか。考えは分単位で変わり、由梨の情緒は不安定極まりない。自分が犯した過ちをどんなに後悔してもしきれず、自分を責め続けている。

潤にお腹を触られながら、嬉しそうな笑顔をむけられる度、罪悪感に苛まれ彼の顔を見ることもできなくなっていた。

―絶対に、秘密を守り通そう。―

悩んだ挙句、由梨が出した答えはそれだった。


由梨の裏切りを何も知らない潤。ついに婚姻届を提出してしまう……?

潤は新居探しや結婚式、新婚旅行の準備を積極的に手伝っていた。きっかけが掴めず散々迷った結婚だったが、いざ決まってしまうと「やるべきことをやろう」と腹が決まった。

由梨の体調が安定する妊娠5ヵ月での結婚式を予定している。忙しい仕事の合間に潤は諸々の準備を進めた。

土曜日に婚姻届を港区役所に提出し、翌日の日曜日に式を挙げ、月曜から新婚旅行で1週間沖縄に行く、というスケジュールだ。

1週間も休むのは入社以来初めてのことだ。前倒しで進めなければならない仕事が多く、睡眠時間を削って仕事をこなしている。結局沖縄でもメール対応などでパソコンを開くことにはなるだろうが、できる限りゆっくり過ごそうと考えている。

引っ掛かっていたさとみのことも、忙しさに追われて考える暇もなくなりそれが逆にちょうど良かった。

―由梨と家族になるんだ―

その思いは揺らぎようがなくなっていた。



それから数カ月後、土曜日の昼間に由梨と一緒に浜松町にある港区役所へ行き、時間外受付で婚姻届を提出した。由梨は安定期に入るまで、気分の浮き沈みが激しかったようだが、最近は落ち着いてきて安心していた。

「いよいよ明日、結婚式だね」

区役所からの帰り、歩きながら潤が言うと由梨は嬉しそうな笑顔で「うん」と言ってお腹をさすった。

「ねぇ、私、誓うよ。50年後も変わらずに潤を愛してるって。」

急に由梨が、歩くのをやめてそう言った。

「え、どうしたの、ありがとう。俺もだよ。」

潤は驚きながらも、由梨の突然の言葉に心があたたまった。

―家族が一気に二人も増えるんだなぁ。頑張らないと……―

由梨の姿を見ながら、潤は気持ちを引き締めた。



「え!」

さとみは日曜日の夜、Facebookを見て声を上げた。自分の声が想像以上に大きく、一人暮らしの部屋に響いた事にも驚いたが、今はそれどころではない。

潤の結婚式の写真が、タイムラインに現れたのだ。

―結婚、したんだ……。―

潤と、隣に立つウェディングドレス姿の女性。二人の幸せそうな笑顔を見て、さとみの心は、素手で鷲掴みされたようにギュッと締めつけられた。


潤の結婚を知ったさとみ。潤のことを素直に祝福できるのか……?!

潤とはFacebookで直接繋がっていないが、共通の友人を介して稀にこうしてタイムラインに出てくることがあった。

だが、結婚するとは知らなかった。もちろん自分が知らなくても全然おかしな事ではないのだが、青天の霹靂とはまさにこの事だと思わずにはいられない。

それも、友人のコメントを見るとどうやら新婦は妊娠しているらしい。その事実が余計にさとみを落ち込ませた。

34歳のさとみは妊娠への焦りを、嫌というほど感じているのだ。東京では40歳で産む人も珍しくないが、やはり生物学的には35歳を過ぎると高齢出産。「高齢」がついてしまうのだから、気にせずにはいられない。

―私も、潤と付き合ってる時に妊娠すれば良かったのに―

そんな考えも頭をちらつく。



離婚後、何人もの男性とデートをしているが、しっくりくる男性はまだ一人もいない。婚活サイトに登録しようかとも本気で考えている。

短い結婚生活を送った元夫も、再婚して子供が生まれたらしい。

「男に頼らず仕事して、いつもキレイなさとみさんに憧れてます!」と言っていた後輩たちも、次々に結婚が決まりあっさりと会社を去って行く。

それぞれ、自分の人生を着実に前へ進めている。自分だけがいつまでも同じ所で、リミットへのカウントダウンを、指をくわえて見ているだけのような気がしてくる。

―私も幸せになりたいのに……!―

幸せは、掴もうとするほど離れていくというが、ではひたすら待てというのだろうか。普段であれば「私は掴みに行くわよ」と強気のさとみだが、今回ばかりは「待てというなら待とうかな……」そんな気になるほど落ち込んでいた。

だが、それから約1ヵ月後に事件は起こった。

ある日、さとみの前に潤が現れ、言ったのだ。

「さとみ、俺とやり直して欲しい。さとみと結婚したい!」

「え、何言ってるの?!結婚したくせに、アンタ本当に最低ね!」

思いがけない言葉にさとみは驚くと同時に、潤のいい加減さに腹が立ち、平手打ちをかまそうと右手を高く上げた。


次回、9月30日更新
最終回、潤がさとみにプロポーズ!その真相とは……?