『ラール・エ・ラ・マニエール』は、人生に迷った者が辿り着くという、不思議な、だけど実在するレストラン。”正しい導き方”という意味を持つこのレストランは、東京での生き馬の目を抜くような生活に疲れた時に、その扉が開かれる。
さあ今夜、その扉の前に現れたのは……?

さらにこの物語に出てくる料理は、実際にあなたも味わうことができます。
あなたの物語も綴ってください。
このレストランで、料理とともに……。

第1話:婚約破棄された美人受付嬢を蘇らせた、あるレストランの物語
第2話:離婚届を突き付けられた男を立ち直らせた、ソムリエの機転と、ある意外な料理
第3話:転落したベンチャー企業の元社長。彼に過ちを気付かせた「王道」の料理とは
第4話:元モデルが抱え続ける焦燥感。「何者」にもなれない自分に価値はない?



涼太は、麻紀のインスタグラムを見ながら迷っていた。

3日前に麻紀が投稿した写真が引っ掛かっているのだ。それは『ラール・エ・ラ・マニエール』というレストランで撮られた写真のようだが、いつもの投稿とは雰囲気が違うのだ。

いつもは楽しそうなコメントと沢山のハッシュタグを必ずつける彼女が、その写真にはコメントではなく、ハートマークだけをつけていた。そのことがなぜだか気になって仕方ないのだ。

―ていうか、何やってんだオレ。これって軽いスト―カーかな……

そんな思いがよぎり。乱暴にスマホをデスクに置いて頭を仕事に切り替えた。

麻紀には「結婚しよう」とプロポーズしたが「え?ムリムリ」と軽く笑われながら振られた。彼女とはその夜から会っていない。もう3カ月前のことだ。

麻紀とは、食事会で知り合った。彼女はその場にいた4人の女性の中で、1番綺麗で1番愛想がなかった。最初こそ、男たちは麻紀をみてテンションを上げたが、その愛想のなさから、会が進むにつれ彼女はどんどん浮いてしまった。だが涼太はそんな彼女が気になって仕方がなかった。一目惚れだったのかもしれない。

彼女がモデルと聞いて最初は尻込みした涼太だったが、思い切って食事に誘ってみた。すると意外とすんなりOKしてくれ、意気揚々と出かけた最初のデートのことは、今でもよく覚えている。

それから何度かデートを重ね、自然とそういう関係になった。外見は派手だが実は素直で義理堅く、明るく前向きで涼太が落ち込んでいいると優しく励ましてくれるなど、知れば知るほど、彼女の事を好きになっていった。

涼太は初めて心から愛せる女性と出会い、丁寧に愛を育んできた。だが、そう思っていたのは涼太だけだった。どうやら、彼女には他に好きな人がいたようなのだ。涼太よりも少しだけ年上で、涼太の何倍も稼ぐ男だ。

麻紀は元モデルだが読者モデル出身のため、スタイルが特別良いわけではない。だが華があり明るい性格で、自慢の彼女だった。彼女のためには時間とお金を惜しまず、デートもプレゼントも奮発した。

だが、全ては泡のように消えた。彼女にとって涼太は特別な存在ではなかったようだ。それ以来、涼太はふさぎこんでしまっている。

自分でも嫌になるが、それでもやはり麻紀のことは嫌いになれず、彼女のSNSはつい毎日チェックしてしまうのだ。

―前に言ってた“好きな人”に連れて行ってもらったのかな……。

彼女のインスタから『ラール・エ・ラ・マニエール』のレストランタグを見てみると、一人で行くようなレストランではさそうなのだ。

―銀座のフレンチかぁ……。

散々迷った挙句、ウジウジ悩んでいる自分が嫌になり、涼太は『ラール・エ・ラ・マニエール』に行ってみることを決めた。


涼太は何かの手がかりを掴めるのか……?

涼太は大手商社で働く31歳。「モテそうだから」という理由で商社に入った。入社してみると確かに、食事会の誘いは多く女性たちのレベルもなかなかのものだった。だが、食事会を楽しいと思ったのは最初の2〜3回だけ。現れるのは皆同じようなメイク、同じような服装、同じような髪形の女性たちばかりで、興味を持てる相手には出会えなかった。

麻紀だけは、それまで出会った女性とは違う何かを感じさせる女性だった。





「知り合いのインスタグラムを見て来ました。」

『ラール・エ・ラ・マニエール』を訪れ、ソムリエの吉岡に言った。

本当は吉岡に、さりげなく麻紀の事を聞きたかった。だがどう聞けばいいのかわからないでいた。たとえ聞いた所で、銀座で働くプロのサービスマンが他の客のことを話してくれるとも思えない。



―何してんだ、オレ……。

ここでも涼太は、麻紀のインスタを見ながら悶々とした気持ちを抱え続けた。

ワインをサーブされながら、涼太はついに我慢できなくなり話し始めた。

「実は少し前、彼女にプロポーズしたんですけど、振られちゃったんですよ。で、その彼女が最近こちらに来たのをインスタグラムで見て、来てしまいました。」

「あ、ストーカーではないですから」と付け足し、わざと明るく振舞って涼太は言った。

一方吉岡は、無防備にテーブルに置かれた涼太のスマホに、見覚えのある写真が写っていることに気付いた。



吉岡はキッチンに戻るとシェフの小清水に相談した。

「もしかしたらと思う事があって……」

そう切り出し、小清水の提案を受けて今日のメインを決めた。





「ラール・エ・ラ・マニエール風ブイヤベースでございます。まずはスープをそのままお召し上がりください。その後、アイオリソースを加えて味の変化をお楽しみください。また、ガーリックトーストに染み込ませたりと、色んな食べ方でお楽しみください。」

「へえ、なるほど。」

そう言って、まずはスープを一口飲むと、次に「これですよね?」と吉岡に確認しながらアイオリソースを加えた。



「すごい、一気にコクが増しますね。ちなみに……アイオリソースって何ですか?」

「アイオリは南仏では各家庭で手作りされているソースです。各家庭、それぞれの味があり、色んな料理に使われます。お肉や野菜、生牡蠣にもアイオリソースを付けたりと、幅広く使える伝統的なソースです。」

涼太は「なるほど」と繰り返しながら、アイオリを入れたスープを味わった。これを入れると、味の深みがぐっと増すのだ。



その後、魚介類が並べられた皿が運ばれてきた。


涼太の考えを変えた料理と、その以外な結末とは……?!

青い皿の上にはオコゼ、ホウボウ、オマール、ムール貝、石垣貝の5種類が、綺麗に並んでいる。真ん中のソースは先に飲んだスープを煮詰めたものだと説明された。

涼太は以前に一度だけ、ブイヤベースを食べた事があるが、その時食べたものと今目の前に出されている料理が、同じものとはとても思えなかった。



―オレってゲンキンだな……。

麻紀のこともすっかり忘れ、料理を堪能している自分に気付き、一人で軽く苦笑いした。

お皿を綺麗に平らげると、満足そうに涼太は言った。

「どの魚介もすべて美味しかったです!でも1番感動したのは、実はアイオリソースかもしれません。」

「ありがとうございます。アイオリがないブイヤベースは味気なく、物足りなさを感じてしまうほどです。家庭でも手作りされるものですから”特別感”はありませんが、この料理にはなくてはならない存在です。」

―特別感はなくても、なくてはならない存在……。

吉岡の言葉を聞いて、涼太は麻紀の事をまた考え始めた。

麻紀の仕事がうまくいっておらず、彼女がそれで悩んでいたのは知っている。プライドの高い彼女は、絶対そんなことは口にしなかったが、側にいれば分かることだ。理想と現実の間で悩んでいる彼女を助けたかった。

―麻紀は今、幸せなのかな。

手に入らないものばかりを追いかける彼女が、そう簡単に幸せになれるとは思えない。なぜだかわからないが、「彼女を幸せにできるのは、オレだけだ」という根拠のない自信を、涼太はずっと持っている。

―彼女の、これからの人生にも寄り添っていたい。

自分が消し去ろうとしていた正直な気持ちを、涼太は改めて確認した。

地味だけど、それを入れるだけでコクと深みが増す、欠かせない存在。まさに涼太はそんな存在になりたかったのだ。

麻紀が求める程の年収は、一生手にすることはできないかもしれない。彼女が望むような贅沢で華やかな生活は送れないかもしれない。だがそれでも、人生に物足りなさを感じている彼女に、自分なりの方法で喜びや安心を感じてもらうことは、できるのではないか……そう思えてきたのだった。

―ここまで思える相手は、麻紀以外考えられない……!

涼太は、自分が感じている予感のようなものをもう一度信じようと決めた。

1回断られたぐらいで諦めるなんて、どうかしてた。そう思い直したのだった。


それから2年後……


『ラール・エ・ラ・マニエール』の個室に一組のカップルがいた。

バラの花びらが散りばめられたテーブルを挟み、幸せそうに見つめ合っている。



「一度麻紀に食べてもらいたかったんだよ、ここのブイヤベース。いや、ブイヤベースはもちろんだけど特にアイオリソースを。」

「涼太はそれを食べて、”地味だけど欠かせない存在”になろうと思ったんだっけ?」

麻紀がいたずらっぽく笑うと、涼太も一緒に笑った。

「そうだよ。麻紀は馬鹿にしてるけど、あの時は本当に泣きそうなくらい、こみ上げてくるものがあったんだけどなぁ。」

「馬鹿にしてないってば。だって本当にあなたは、私の人生に欠かせない存在になったんだから!」

入籍をすませた二人は、その足で『ラール・エ・ラ・マニエール』を訪れていた。これから毎年、結婚記念日はここで祝おうと二人は約束したのだった。今日はその、第1回目なのだ。

「失礼します。」

吉岡が個室に入ると、二人が同時に振りむく。

涼太と麻紀は吉岡の顔を見て、この2年間の物語を何から話そうかと、想いを巡らせるのだった。


もしあなたが今、何かに迷っているなら『ラール・エ・ラ・マニエール』の扉を見つけてください。
9/24(土)〜10/8(土)の期間中、ご来店の2日前までにご予約をいただければ、「ラール・エ・ラ・マニエール風ブイヤベース」と共に、ソムリエ・吉岡とシェフ・小清水があなたをお待ちしております。

ラール・エ・ラ・マニエール
03-3562-7955

次回、10月6日(木)更新予定
謎に包まれたソムリエ・吉岡の日常が明らかになる?