「俺の部屋に来ない?」

ラグジュアリーブランドのPR、という強く見られがちな外見とは裏腹に、押しに弱いレイナ、27歳。学生時代から付き合っていたシンジと、つい最近別れたばかり。

自由の身になった彼女のスケジュール帳はデートの予定で次々と埋まっていくが、皆なぜかレイナに自分の部屋を見せたがる。

「部屋を見れば、その人の全てが分かる」とはよく言ったものだが、レイナは男たちの選ぶ街と部屋を見ることで、次第にその正体を知っていくことになる。

これまで出会ったのは、中目黒在住の広告プランナー・修二と、3カ月で別れてしまった西麻布在住の健太。

レイナはあるきっかけで元彼のことを思い出した。



LINEのアイコン変更で知る、元彼の近況


王道を好むマニュアル男・健太と別れて早1ヶ月。毎朝届いていたLINEが届かないので、会社に携帯を持って行くのも忘れそうになる。

LINEのアイコン変更の投稿で、1年前にロンドンに行ってしまった元彼・シンジの姿を久しぶりに発見した。

アイコンは、ビッグ・ベンの夜景を見ている彼の後ろ姿だった。

「LINEが自分の決め顔の奴は、絶対ナルシストだ。」

そう毒づいていた彼を思い出す。後ろ姿を載せるくらいだったらビッグ・ベンだけでもいいのに、シンジもやっぱり少しナルシストだ。

前のアイコンはスカイツリーで、彼の上野にあるマンションの部屋から撮ったものだった。38階建てのマンションからは、東京の東側の景色が一望できた。

彼は、浅草で飲食店を経営している会社の次男坊。下町の“粋”な文化を愛し、金持ちの息子という出自を必要以上に隠したがっていた。

新聞記者だったシンジはいつも皮肉屋で、辟易とすることも多かった。しかし、離れてみると、彼の憎まれ口の数々さえも少し懐かしく感じる。

レイナとシンジは高校時代から10年近くの付き合いだった。

彼がロンドンに行く前に住んでいた上野のタワーマンション。そこには、忘れられない思い出があった。


シンジと過ごした思い出の地・上野。その魅力とは?

下町育ちのお坊ちゃま。彼の住むタワーマンションの魅力とは…?


彼は早稲田大学政治経済学部を卒業後、築地にある新聞社に就職した。就職してすぐ地方支局に配属され、その後東京に戻ってきたと同時に実家が所有していた上野のタワーマンションに移り住んだ。

そのマンションは根津駅から不忍通りを5分ほど歩いたところにあった。湯島から徒歩7分、上野駅から徒歩14分とアクセスも良い。

周辺は低層階の建築物がほとんどで、38階のそのマンションはそのエリアのランドマーク的な存在だった。マンションの目の前には不忍池が広がり、後方には東京大学がそびえ立つ。



部屋は32階の2LDKで、一人暮らしには十分過ぎる広さだった。当時の価格で1億円はくだらないだろう。最上階にあるラウンジ、2階にある共用のジム。レイナが初めてそのマンションに足を踏み入れたのとき、普段隠している彼の実家の裕福さを改めて思い知った。

いくら隠していても育ちの良さはにじみ出るものだ。普段は質素な生活を心がけているようだったが、インテリアには凝っていた。お気に入りはイサム・ノグチ。リビング用にカフェテーブルを買い、照明も大好きなAKARIシリーズをボーナスが出る度に買い足していた。


多忙を極める彼が連れて行ってくれた、思い出の店とは?


東京に戻ってから、シンジの忙しさは尋常ではなかった。政治部に配属になり、朝から晩まで永田町の記者クラブに張り詰め、取材のための夜回りも度々だった。家にいるのはほんの一瞬で、着替えを取りに帰ってくるだけだった。

もしかしたら、レイナの方がシンジの住むマンションに長く居たかも知れない。下町ならではの親しみやすさと生活感が気に入って、ほぼ毎日この家から職場の銀座まで通っていた。

シンジは、口は悪いがマメだった。奇跡的に休みが取れれば、すき焼きの『江知勝』や『鮨 一心』に連れて行ってくれた。また、記念日や誕生日には必ず手紙をくれた。そこには、普段言えないレイナへの想いや感謝の気持ちを素直に書き記してくれていた。

しかし、多忙を極める彼とのすれ違いはどんどん大きくなっていった。レイナは軽い浮気を繰り返すようになり、次第に上野の家には帰らなくなった。


離れていく2人に、決定的な出来事が…?

10年付き合った2人の、呆気ない最後のデート


彼も薄々気づいていたのだろう。ロンドン支局への転勤が決まったときもLINEであっさりと連絡してきただけで、ついてきてほしいとは一度も言わなかった。

「ロンドンに行く前に最後のデートをしよう。」

実質的には、これが最後の別れの言葉となった。

最後のデートは、『くろぎ』で食事をした後、上野公園をぶらついた。梅雨時で紫陽花が至る所に咲いていた。綺麗だね、と言って歩きながら「本当は別れたくない」と肝心なことは言えなかった。

一緒に行きたいと思っていた国立博物館も美術館も、とうとう最後まで一緒に行くことはなかった。

夜になり、不忍池の周りに点在しているベンチに座った。2人のような若いカップルはもちろん、高校生のようなカップルや年齢層高めの男女も多く、改めて様々な層の人たちが集結するこの町の雑多な魅力を感じる。

向こう側に見える弁天堂を、お互い何も言わず見つめていた。



「紫陽花を見て、ただ散歩する。最後のデートだったのに、こんな普段通りで良かったのかな。」

彼が寂しそうに言ったとき、不覚にも泣き出しそうになってしまった。

紫陽花を見てただ散歩する。そんな日常が何より大切だったはずなのに、2人の間にできた溝は、いつの間にか埋められないほどに深くなっていた。

シンジと別れてもう1年以上経った。

しかし、飾らない日常があるこの街に自分の感情がむき出しにされそうで、レイナは未だ足を踏み入れられない。


次週9.30金曜日更新
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