人は、「秘書」という仕事に、どんなイメージを持つだろうか。

社内を彩る女性らしい花形の職業、腰掛OLのような楽な仕事?もしくは単なる雑用係?それとも......?

女としての細やかな気遣いやホスピタリティが試される、秘書という仕事。そして、秘書たちの視点から見る、表舞台で活躍する男たちの裏側とは...?

丸の内OL「秘書」というオシャレな肩書きに多大な期待を抱き、転職を決意したミドリ。イケメンパラダイスなコンサル会社に入社し浮足立つが、早々に先輩秘書の泰子から怒られる。すると、上司の村上に変化が...?



「コンサルタントたちは、まるで子供よ。誠一さんなんて、赤ん坊に近いわ。」

意味深な笑みを浮かべながら言った先輩秘書の泰子のセリフが、ミドリの耳に妙に残っている。

しかし、オフィスをぐるっと見回すと、やはりどのコンサルタントたちも、一糸乱れぬ姿で仕事に励んでいた。彼らが子供だなんて、一体どういう意味なのだろうか。ミドリには理解が出来ない。

知性溢れる表情に、スーツのセンスも最高。語学も堪能なコンサルタント達の電話での英会話が耳に入ると、ミドリは、つい惚れ惚れと聞き入ってしまったりもする。デキる男は、なんと言っても声が素晴らしいのだ。

さらに魅力的なことには、勉強家の彼らは、何かのプロジェクトに突然配属されれば、丸1日でその分野の本や資料を読み漁り、次の日にはその業界のエキスパートへと変貌する。

そんな上位1%にも満たない超優秀な男たちをすぐ近くで観察できるのは、ミドリにとって、まるで海外映画でも見ているような感覚だった。


そんなミドリが、目下一番好きな仕事は...?

お茶出し時に感じる、ミーハーな優越感とは...?


入社して間もないが、ミドリが一番好きな仕事は、単純だが「お茶出し」だ。

事業会社のクライアントたちは、「ザ・日本のサラリーマン」と言った感じで、よれたスーツに曇った眼鏡をかけ、薄い頭に、どっぷり膨らんだ腹をしていることが多い。

皇居を見下ろす会社自慢の会議室で、そんな彼らとスマートなコンサルタントたちが対峙しているのは、一種の見物だった。

「ミーハー心は禁物」と泰子には釘を刺されていたが、そんな会議室にお茶を持って入っていくとき、ミドリは何とも言えない優越感に包まれてしまう。

―ウチのコンサルタントは、スゴいんだから。

そんなことを心の中で思いながら、ミドリも負けじと姿勢を正し、優雅な身のこなしを意識して接客をするのは大好きだった。


イケメン上司、村上誠一。ついに、本性現る...?!


そんなミドリの思い込みと優越感を突然ひっくり返したのは、コンサルタントたちの中でも格別の光を放つ、上司の村上本人だった。

「ミドリさん、ミドリさん!この前、泰子さんに怒られたのっ?!」

久しぶりにオフィスに現れた村上が、ミドリの半個室のパーテーション越しに顔を覗かせ言った。興奮した様子で、その目は何故だか輝いていた。

「えっ...、あ、はい...。で、でも、私が悪かったんです!ご迷惑お掛けして、申し訳ございませんでした。」

ミドリは先日の失態をまず謝ったが、村上は心なしか、嬉しそうな顔をしている。

「いやいや、いいんだよ、僕も何も言わなかったし。それにね、あの日、僕も怒られたんだ!何でミドリさんにハッキリ残業頼まないんですかって。」

村上は、照れたような悪戯っぽい笑顔を浮かべ、モジモジと言った。

その笑顔が意味するものは、紛れもなく「仲間意識」だと、ミドリは直感した。小学生の頃、恐い先生に怒られてしまった生徒同士が、ニヤニヤしてやり過ごすのと同じ現象だ。

「だってさ、入社したばっかりでさ、急に残業なんてさ、悪いじゃない。ミドリさん若いし、プライベートの予定もあるだろうし。それで泰子さんにヘルプしたら、チームみんなで怒られちゃったんだよ。情けないわ!ってね。」

村上は、最後に泰子の口調を真似て「えへへ」とダラしなく笑ったので、ミドリは驚愕した。今日の村上は、今までで一番饒舌だ。

「そ、そうだったんですね...。私が気づかなくてすみません...。」

突如幼児化した村上に動揺しながら、ミドリはやっと返事をする。

「泰子さんに怒られないように、お互い頑張ろうね。彼女をあまり怒らせると、上の新堂さんまで出て来ちゃうからさ。ひぃぃ、恐い恐い。」

こうして、ジョージ・クルーニー風な村上のイメージが、ミドリの心の中で、ガラガラと音を立てて崩れていった。


上司村上の本性が、徐々に明らかになる...?!

「同じ敵(泰子)」の存在によって、距離が縮まる上司とミドリ


それから村上は、段々とミドリに頼るようになった。

どういう仕組みでそうなるのか理解は出来ないが、「泰子に怒られた者同士」という事実が、どうやら村上のミドリへの人見知りの壁を、取り払ったらしい。

「同じ敵(泰子)」という存在があると、人というのは強い仲間意識を持つようだ。

様々な仕事を振られるのは光栄だったが、ミドリは徐々に、村上の「あるクセ」に振り回されるようになった。

「ごめん、ミドリさん、お財布忘れちゃった。持って来て。」

村上は、仕事面では凄まじい戦闘力を持っているのに、とにかく物忘れの激しい男だった。外出時は、財布、携帯、書類、など、何かしらを忘れて外に出てしまうのだ。

酷いときには、機密情報がバッチリと掲載されたプレゼン資料や契約書を、銀行のATMに置いてきてしまったこともある。

ミドリはその度に、オフィスや丸の内周辺を走り回り、村上の忘れ物を回収し届けて周った。

「えへへ、ごめんごめん。」

村上は、その都度、ヘラヘラと礼を言う。その笑顔がとびきり爽やかなため、ミドリは「まぁ、いいか」と思ってしまうのだが、そこには、村上の「甘え」が、チラチラと顔を覗かせているように思えてならなかった。


甘えん坊上司、ついに本性現る?!


「ミドリさん、そろそろ、誠一さんの人間ドックの日を決めておいてくださいね。」

ある日泰子にそう言われ、ミドリは村上のスケジュールを確認し、仕事に余裕のある日程で時間を抑えた。深く考えずに入れた予定であったが、その後、村上が血相を変えてミドリの元へ飛んできた。

「何で、僕に何も相談せずに、人間ドックの予定なんて入れたんですか?!」

村上は、珍しく慌てた表情をしている。

「この日はダメでしたか?会食でもありました?都合の良い日を教えて頂ければ、変更しますよ。」

「そういう問題じゃないよ、とりあえず、人間ドックはキャンセルしておいてください。また僕から日程は言いますから!」

「え、でも、泰子さんに言われたので、早く決めないと...。」

「だから、君からも、うまく泰子さんにも言っておいてよ!よろしくね!」

「は、はい...?」

ミドリはイマイチ状況が掴めず、早速泰子に報告に行くと、彼女はクールな表情で一瞥した。

「誠一さんは、お注射がお嫌いなのよ。人間ドックは、ミドリさんの決めた日程のままでいいわ。検診は社員の義務なので、彼が何と言おうと、絶対に行かせてちょうだい。これも仕事の一つよ。」

泰子は、厳しい顔で言い放った。

「は?お注射が、嫌い...?」

想定外の返答に、ミドリは完全に脱力してしまった。

この優秀な人材が集まる会社で、注射嫌い男を病院に行かせるのも仕事のうちなど、なんと情けないことか。ミドリはまたしても、理想がガラガラと崩れる音が聞こえる気がした。

次週10月5日水曜更新
呆れるミドリ。甘えん坊の上司と、どう対峙していく...?!