典型的な結婚できない女、杏子、32歳。

慶應大学卒業後、丸の内の某外資系金融でセールス職に就き、年収は2,000万円を優に超える。

美人だがプライドが高くワガママな彼女は、男運が悪く全くモテない。さらにハイスペックゆえ、男が近寄りたくない女ナンバーワンとまで噂されている。

婚活に危機感を持ち始めた杏子は、結婚相談所に登録した。しかし、婚活アドバイザーの直人から痛烈なダメ出しを受けつつも、婚活は難航する。だが、2回目のマッチングは、なんと大成功!段取りの悪い相手に苛立ちながらも、杏子はデートへ向かう...?



「杏子ちゃん、ごめんごめん〜。待った?」

正木は17分遅れで、待合せ場所の神楽坂に到着した。シャワーを浴びて乾かしたばかりと見える髪はフワフワと浮いていて、服装はジーンズとTシャツといった、かなりラフなものだ。

―遅刻したうえに、全然気合いが入ってるようには見えないわ...。

杏子は騒々しい駅前で、マノロブラニクのピンヒールで立ちっぱなしで17分も待ったことに、かなり憤慨していた。

「いえ、大丈夫です...。」

しかし、婚活アドバイザーの直人や多くの恋愛本によって、女は安易にキレてはいけないということを学び、杏子は我慢をするという行動を覚えたのだ。

「杏子ちゃん、今日も本当に可愛いね〜。」

正木は、ニコニコと無邪気な笑顔を杏子に向ける。杏子は、それに応えるように、同じように笑顔を返してやった。

今日はベージュのノースリーブニットに、フレアスカートを合わせ、シンプルに小ぶりのパールのピアスだけを付けていた。家を出る前にチェックした全身鏡には、これ以上ないほど清楚な自分の姿が映っていたことを思い出す。

杏子は気を取り直し、デートに挑むことにした。


初速から不穏な空気漂うデート。その行方は...?

欠点ばかりが気になる初デート。それでも我慢を重ねるが...?


正木に連れて来られた『イル スカンピ』は、神楽坂の裏路地にある、小じんまりとしたヴェネツィア料理店だった。適度にカジュアルで騒々しい店内に緊張感はなく、通されたカウンターの席は、思いがけず居心地が良い。

「ねぇねぇ杏子ちゃん、俺、イカスミ食べたいんだ―。」

席に座って早々、杏子はまたしても正木に驚かされた。

初デートで、イカスミなんて食材を選ぶ男がどこにいるだろうか。一口食べるごとに歯の汚れを気にしろとでも言うのだろうか。

「え、イカスミ...?」

「ここね、ヴェネツィア料理だから、イカスミ料理が有名なんだって。杏子ちゃんと僕の仲じゃん、細かいことは気にせずに食べようよー。」

そう言って、正木は勝手に色々とオーダーを済ませてしまった。悪気は一切ないようだが、女にメニューを選ばせない男と言うのは、いくらイケメン医師と言えど、いかがなものだろうか。

デート初速から、杏子は正木の欠点ばかりが気になってしまう。

イカスミに始まり、正木は相変わらず食事中も落ち着きがなく、しょっちゅうスマホをいじっている。それも、仕事などの連絡ではなく、ただのラインの友達グループとやり取りをしているようなのだ。

その度に、会話は中途半端に中断され、正木は「えっと、今何話してたっけ?」と、ヘラヘラ笑う。杏子はいい加減ウンザリし始めていた。

どうして自分のような女が、わざわざ遠い神楽坂まで赴き、精神年齢の幼い男の相手をしているのか。仮面で貼り付けたような笑顔を浮かべながら、杏子はもう二度と正木には会うまいと、心の中で誓った。



「ねぇねぇ、ところでさ、杏子ちゃんは、どうしてそんなに結婚したいの?」

「え...?だって私も32歳だし、彼氏もいなくて、人に勧められたりして...。」

「へー、杏子ちゃんみたいな人でも、結婚したいんだね。何かさぁ、杏子ちゃんってすっごい可愛いけどさ、結婚したいようには、見えないよ。別に困ってもなさそうだし。」

「どうして、そう思うんですか?」

「いや、何か、微妙な男とは付き合いたくないってオーラすごい出てるし、杏子ちゃんって、男と一緒にいるより、独りの方が楽そうな気がする。だって、絶対神経質じゃん、杏子ちゃん。」

杏子は、心の中にズカズカと土足で踏み込まれたような気分になった。目の前の幼稚な男は、何故だか自分の痛いところを、無邪気に的確に突いてくる。

「そんなことありません!私だって、彼氏を作って、結婚したいんです!それって、いけませんか?!」

つい感情的な声が出てしまうと、正木は急に腹を抱えて笑い始めた。

「私、何か変なこと言いました...?」

「いや、ごめん...。杏子ちゃん、口が真っ黒で...。あはははは。」

正木は、そこで大笑いした。

杏子は急いで化粧室へ駆け込んだ。そこには、イカスミで真っ黒な口をした自分が映っている。清楚な恰好をした女に、その唇は滑稽過ぎた。


杏子、ついにキレてしまう...?

ついにキレた杏子。しかし、デートは意外な方向へ...?


口を洗って席に戻ると、正木は流石に心配そうな顔をし、「ごめんね、ごめんね、怒ってる?」と、子犬のように目を潤ませながら謝った。

杏子は既に笑顔も作れず、下手なぶりっ子をするのも、もう御免だった。

「あなたがイカスミなんか食べたいって言うから、こうなったのよ。」

杏子は、思いっきり正木を睨んだ。「安めぐみ戦法」なんて、もうどうでもいい。正木とはどうせ先はないのだから、気遣うのはやめにした。

「そもそもね、女性との食事中に、落ち着きなくずっとスマホをいじるのも失礼だわ。振動も気になるから、ポケットにでもしまって下さい。」

杏子はヤケになり、白ワインをグッと飲み干す。

「あー、やっぱり、杏子ちゃん、ぶりっ子してたんだ!俺、素の方がいいと思うよ!変にニコニコしてるより、そうやって人を見下す女王様キャラの方が、ずっと面白いよ!」

正木は、またしてもケラケラと笑い始める。

「あなたこそ、何なの、その子供みたいな態度は?もうイイ歳なんだから、もう少し大人の男の立ち振る舞いを覚えたらどうなの?あなたの方が、私よりずっと結婚は難しいと思うわ!」

「えー、やっぱり、杏子ちゃんもそう思う?俺、どこを直したらいいかなぁ。相談所の人にも、よく怒られるんだよー。」

正木が素直に認めたため、杏子は直人がするように、正木にあれこれとダメ出しを始めた。

人の話をよく聞いて会話を進めること、デートの詳細は前日までに連絡すること、待合せには遅れないこと。正木は真剣に、「うんうん」と杏子の指導に聞き入り、二人の会話は不思議な方向に盛り上がった。



「杏子ちゃん、今日は本当に楽しかったよー。やっぱり、俺、杏子ちゃんに会えただけでも、相談所使って良かったなぁ。ねぇねぇ、一個、お願いしていい?」

食事の会計は、意外にも正木がスマートに済ませてくれた。店を出てしばらく歩くと、正木は甘えるような視線を杏子に向けた。

「何ですか?」

「ハグしていーい?」

杏子が答える前に、正木は思いっきり杏子を正面から抱きしめた。正木の身体からは、少年のような爽やかな香りが漂う。

「杏子ちゃんて、可愛いだけじゃなくて、綺麗なお姉さんの匂いもするー。」

正木はご機嫌で、杏子に抱きつきながら鼻をクンクン鳴らせた。

「ねぇ、今度は直接連絡するね。また、絶対遊ぼうね!」

タクシーに乗る直前も、正木は杏子の手を握って言った。

杏子の胸は、激しく鼓動していた。頭は呆然とし、その日は久しぶりに、化粧も落とさずにベッドに入ってしまった。


次週10月11日火曜更新
杏子、ついに久しぶりの恋の予感?!次の展開はいかに...?


【これまでの崖っぷち結婚相談所】
vol.1:美貌とキャリアを手にした女の哀しいプライド。そして、その本音。
vol.2:結婚相談所という禁断の領域。エリート美女が、市場価値を算出される!?
vol.3:男の賞賛と畏怖の眼差しが、女の自尊心を満たす?!エリート女の暴走デート
vol.4:どんなに美人でもモテない?勘違いと高飛車のダブルパンチの痛い女
vol.5:社内のマドンナ的存在のモテ女に見せつけられた、圧倒的な「モテ」格差
vol.6:自分との戦い。恋愛偏差値の低さを自覚することから、婚活は始まる
vol.7:「美人のドヤ顔、超ウケる」 ピーターパン症候群的な医者からの、意外な反応
vol.8:生まれ持った美貌と才能だけでは、婚活市場で勝てない。アラサー女の現実
vol.9:感情的な女に、「ルールズ」の実践は難しい?中途半端な試みは、失敗の元