青山ヒロム。38歳。年収4,000万。恵比寿で眼科を開業中。

これは、東京で咲き誇るゴージャスな女たちと、アンタッチャブルな男たちが繰り広げる、ファンタスティックで時にはHARD THINGSなLOVE AFFAIR。

ヒロムは23歳から37歳まで、4人の女性で安定したポートフォリオを組んでそれなりに楽しんでいたが、男友達・植木くんからヒロムの心の平穏を脅かすと指摘された、女友達で元カノ32歳ホテル会社勤務「慶子」。

慶子から距離を取り、他の女性に目を向けようとするが・・・



「ヒロムくん、夏終わっちゃうねぇ」

残りの駒、というか、最後の砦というか、高嶺の花というか。

つまり、僕にとって、遥は特別だった。ただ、気軽に誘うというよりは、誘うのに躊躇する斜め上の存在だ。

パレスホテル東京のテラス席は、クーラーもなく夏場はなかなか我慢を強いられれるが、熱気がとれてひんやりとした風の吹く秋の初めには、最高のプレミアムシートとなる。

皇居の緑を望みながら目の前のお堀を眺めている。『T.Y.ハーバー』の水辺は露出度高めのギャルが似合うが、やはり千代田区の水辺には、遥のような上品な女性が似合う。


「で、この夏は、どんなアバンチュールがあったの?」


頬杖をついて僕に笑いかける遥が、いつもゴシップネタをせがみ「今度はどんな女性と出会ったの?」と意地悪な笑顔で笑う慶子のデジャブかと思ってはっとした。


元カノを引きずる男は多いけど、青山ヒロムは、そんな下手な感傷に流されない?

そういえば、少し前まで1、2週間に1度は会ってご飯を食べたり、お茶をしていた慶子と『ウエスト』でパンケーキを食べた日以来1ヶ月ほど会っていないことに気づいた。

慶子は、気が強く、プライドの高い女だ。たとえ、恋愛感情がない僕に対してでさえ、自分から数度誘って断られたら、もう連絡は意地でもしてこないだろう。

例の彼氏とはまだ付き合っているのだろうか?

植木くんの言う通り、33歳の誕生日にプロポーズされてしまうのだろうか?


38年も生きてれば、時間に比例して気持ちは大きくなることを経験で知っていて、慶子が特別というのも錯覚であると理解している。わかっていても、人は、その想い出に引っ張られてそれを恋と信じたくなるのだが・・・

ふとテーブルに目を落とすと、皿目一杯に盛りつけられた栗のリゾットが早く食べろと迫っているようだった。

パレスホテルのウィークエンドランチ、特にパスタとリゾットなんかは、気取ったレストランの3倍ものポーションで提供され、食の細い女性なら半分は残すほどのボリュームだ。男の僕にとっては最高なのだが、どういうわけか今日は、ダイエットのことしか頭にない女になったように、半分以上を残してスプーンを置いた。



「じゃあ、ヒロムくん、今日はありがとう。楽しかった。」

遥を赤坂の家まで送り、シートベルトを外し、ドアに手を伸ばす瞬間。訪れるしばしの沈黙。遥は、男の臆病さを知ってか知らずか、いつも「間」をくれる。この「間」で男は試される。

チキンレースのように、一歩踏み込む勇気を持てば、華麗なゴールを決められるかもしれないという可能性の一方で、手痛い転落もありえる。しかしそこでブレーキを踏めば、負け犬となり尻尾を丸めてひとり寝の寂しい夜を送ることを余儀なくされるわけで、踏み込むか、踏み込まざるべきか、男にとってはいつもそれが問題だ。

その「間」に、僕の携帯がタイミング悪く鳴った。


例の如く、Bluetoothが接続され、車内のモニターに着信元の名前が表示されるとそこには・・・

長かったこの夏と、恋の終わりの”句読点”。


例のごとくBluetoothが接続され、車内のモニターに着信元の名前が表示された。

—慶子—

久々の慶子の名前に動揺をしながら、プライドの高い慶子がかけてきた着信前の覚悟を想像すると何だか苦しくなって、遥に一言詫び、応答を押した。1を隠せば100を疑われるが、1を開示すれば、それは1でしかないのだ。


「ヒロム?久しぶり。元気?今なにしてる?」


慶子の懐かしい甘い声に、郷愁が押し寄せ足元をすくわれそうになったが、Bluetoothで慶子の声が車内に響き渡っていることが、遥が隣にいることが理性を繋ぎとめる救いとなった。


「久しぶりだな。今はドライブ中でBluetoothで応答中。」


電話に出たという安堵の気持ちが声に滲み出ている慶子の明るい声が車内に響く。学生時代から耳に馴染んだ心地のいい声…


「ドライブ中?誰かと一緒?」


一瞬迷ったが、僕は、夏の終わりの句読点を打つように言った。


「彼女と一緒だよ。」

物語の途中の”読点”ではなく、長かったこの夏とこの物語を止めるための“句読点”だ。その瞬間、慶子と遥、二人の女性が息を止めた気がした。

「ヒロム彼女できたの?」

「ごめん報告が遅れて。慶子にも前話した下着ブランドのマネージャーをしている女性。今度また改めて報告するよ。」

退路を断つように、一気に言い切って電話を切る。プライドの高い女性が覚悟をもってかけてきた電話。その覚悟を踏みにじってしまった気がして胸が曇った。

遥は何か言いたげだったが、言葉を飲み込むという優しさを心得ることが、大人の女性の美徳なのかもしれない。僕は、彼女が贈ってくれた「間」を引き取って、改めて、正式なパートナーとして申し出ることにした。

「ありふれたLove Story」の中で桜井さん歌っている。


混乱した愛情故に友情に戻れない
男女問題はいつも面倒だ
そして恋は途切れた
一切合切飲み込んで未来へと進め


慶子と別れた後、出会った女性は数知れずだが、正式な彼女ができたのは、これが初めてだった。