埼玉県出身のユリ、27歳。大手損害保険会社でエリア総合職として勤務。強い自立心を持った彼女が、彼氏と同棲していた港区を抜け出し、代々木上原という地で、迷い、葛藤しながら自分らしさを取り戻す。

代々木上原での生活を始め徐々に自分らしさを取り戻すユリだったが、将来への不安は尽きない。転職サイトに登録したり、会社の先輩・綾子に相談して強烈なダメ出しをされたり、何とか打開策を見つけようとする。

そんなとき、元彼・聡と代々木上原会で知り合った二階堂から連絡があって…?



昔の男からの連絡は、弱っているときに一番危険な処方箋?


1年以上何もなかったユリの恋愛が、突然動き出した。

浮気発覚後にブロックしていたはずが、LINEのIDを新しくしたという聡と、先週出会ったばかりの二階堂。よりによって、同じタイミングで2人からの連絡だ。

聡は付き合っていたときからは想像できない他人行儀な文面で、ユリの機嫌を少し伺っているようだ。その文面からは、お調子者な彼が猛烈に反省している様子が見てとれた。

「どうしても一度会って、謝りたいんだ。今週末、時間取れないかな?」

ユリはしばらく悩んだ後、誘いを受けることにした。先週の綾子からのダメ出しが効いているのかもしれない。自分を好きだった昔の男。少しでも自分を肯定的に捉えてくれる人に会いたい。そんな気持ちが働いていたのだろう。


アンダーズ東京での夜景デート。1年ぶりに会う元彼は…?


結局週末ではなく、平日の木曜日に会うことにした。元彼とはいえ、週末わざわざ会うのも気がひけたし、金曜日だと平常心が保てないかもしれない。木曜日だったら、例え気分が落ち込んでも取り返しがつく。

その日は聡がアンダーズ東京の『ルーフトップバー』を予約してくれていた。時刻は21時。相変わらず仕事は忙しいようだ。

1年ぶりの聡は、少し頬が削げて引き締まっていた。外資系証券会社のトレーダーという仕事の厳しさゆえ、健康への意識は歳を重ねるごとに強まっているようで、日々のトレーニングは欠かさないようだ。

開口一番、土下座する勢いで聡は謝ってきた。

「ユリ、あのときは本当にごめん!つい出来心っていうか…。」

その姿にユリは思わず、「もういいよ」と言って頭を上げさせた。あのときは確かに深く傷ついた。それでも、もう1年以上も前のことだ。


浮気した聡を許したユリ。元彼との復縁はアリなのかナシなのか?

どんな言葉よりも強烈な恋愛スイッチとは…


久しぶりに会ってお互い緊張していたが、酔いも手伝ってどんどん饒舌になる。仕事のこと、共通の友人のこと、家族のこと、話すことはいくらでもあった。はっきり言わないものの、お互いに独り身だということをそれとなく確認する。

食事も済み、2人の間に沈黙が流れる。この現実を曲げるかのようにキャンドルの炎がゆらゆらと揺れていて、久しぶりのデートは地から足が浮いているような気分だ。それがいい夢なのか、悪い夢なのか。この時点では分からなかった。



帰り際、タクシーで帰ろうとすると、突然腰を抱かれキスされた。

思い返せば1年ぶりのキスだ。どんな言葉よりも、これだけで恋愛モードがONになる。悔しいけれど、そう認めざるを得なかった。


東京タワーで気づいた癒えぬ傷とは?


そこから何回かデートを重ねた。聡は、これまでの埋め合わせをするかのように色んなところに連れて行ってくれた。

付き合っているときに良く行っていた『カラペティ・バトゥバ』や『クチーナ ヒラタ』、あとは取引先とたまに行くと言う『レフェルヴェソンス』や、なかなか予約が取れない人気店『エクアトゥール』など、デートのレストランの幅も大分広がっているようだった。

久しぶりの港区デートは、大人になれば楽しいものだ。この日は聡と『エスクリーバ』で食事をする約束をしていた。

このレストランの目の前に大きくそびえ立つのは、東京タワーだ。20代前半の頃は背伸びした自分のボロが出ないように精一杯だったが、今はゆっくりとこの景色を楽しむことができる。

店を出て聡と別れ、もう少し東京タワーを堪能したかったユリは赤羽橋の駅を目指して桜田通りを歩いた。

赤羽橋交差点で足を止め、どっしり構える東京タワーを今一度見つめると、むせび返るような感情に襲われる。頬には一筋の涙が流れてきた。



気づけば浮気事件以降、一度も泣いていなかった。懐かしい景色を前に感情が露わになったのだろう。凍ったままだった心は、ようやく雪解けを見せた。

―もう過去のことに縛られるのは止めよう。

そう決意し、足早に地下鉄に乗り込んだ。

その後トントン拍子に事は進んた。思いを新たにしたあの日からほどなくして、聡から「結婚を前提にやり直して欲しい」と言われ、迷わずOKした。

聡が浮気したという事実は、もう消えない。深く傷ついた心は一定以上の回復を見せても、完璧に癒えることはないのだ。そこから先は、自分が思う幸せに向かってただひたすら進むしかない。これがユリの出した結論だった。


聡との関係を深めようとするユリ。これが彼女の求めた幸せのカタチなのか?

「結婚」が一番分かりやすい幸せのカタチ?


聡と復縁し、2人の仲も順調に続いていた。しかし以前のように彼の家に転がりこむことはなく、月に何回か泊まる以外は自分の家に帰っている。

久しぶりの港区デートは楽しいのだが、今は住み慣れた代々木上原の地が落ち着く。やはり港区は「遊ぶ街」であって「住む街」ではないのだと、改めて思う。

今日は金曜日、久しぶりの残業だった。聡は明日早朝ゴルフらしく、今日は会えないと言われていた。

仕事が終え、最近お気に入りの代々木上原『終日one』に立ち寄った。立ち飲みができるこの店は、少し飲みたい今日のような日に重宝している。

いつものようにクラフトビールを頼み、一息ついた。



入社5年目ともなれば、手を抜く術も覚えて大分仕事は楽になっていた。聡との結婚が現実的になってきた今、仕事にやりがいを求めて悩んでいたあの頃は、もはや懐かしい過去となっていた。

女は現金なものだ。見えない将来が不安で不安で、何とかもがいて戦って。だからこそ「結婚」という分かりやすいゴールが見えると一気に安心して手を緩めてしまう。

頭の片隅で「本当にこれでいいのかな」というモヤモヤもありながら、誰にとっても分かりやすく明るい未来を示してくれるのは、結婚というカタチなのだ、今はそう結論づけている。


健全な男女の出会い?代々木上原会で知り合った二階堂との再会


二杯目を飲み終え帰ろうとしたとき、一人の男性が笑顔でこちらに向かってきた。

「ユリちゃん!」

代々木上原会で出会った二階堂だった。あのあと連絡が来て何通かやり取りしていたが、結局聡とヨリを戻してからはそれどころじゃなくなってしまっていた。

二階堂はユリの気まずさをモノともせず話しかけてくる。見た目は随分ワイルドだが、悪い人ではないのだ。

サーフィンでもしているのだろうか。肌はこの季節なのにこんがり焼けたままだ。初めて会ったときと同じで、今日もTシャツにジーパン。本当に何をしている人なのだろう。思わずジロジロ見てしまった。

「ユリちゃんさ、自転車持ってる?」

そんな視線に気づいていないのか、二階堂は突然聞いてきた。

「自転車?」思わず聞き返すと、ニコニコしながらこう続けた。

「明日晴れるらしいから、代々木公園までサイクリングしようかと思うんだけど、来ない?」

呆気にとられていると、二階堂は一緒に来た友人がいたのか、名前を呼ばれている。

「それじゃ、明日12時に代々木公園の西門前で!」

ユリの返事を待たずその場を去ってしまった。

明日は聡に会う約束もなくこれと言った用事もない。ぶつぶつ言いながらも、きっと明日になれば行くであろう自分に気づく。聡に申し訳ない気持ちになったが、二階堂とは代々木上原会で出会った友だちだ。やましいことは何もない

しかし、心なしかいつもより軽い足取りで自宅に戻った。


次週10.10月曜更新
白馬に乗った王子様は聡ではなかったのか?揺れるユリの心と二階堂の本性とは?