高級車と美女。

コインの表裏のように互いに無くしては語れない極上のコンビネーションは、いつの時代も我々の心を掴んで離さない。

車中で東京の男たちが織りなす、魅惑の美女たちとの今宵の駆け引き。これまで、ランボルギーニ・ガヤルドオーナーの金曜深夜、BMWオーナーのビタースイートな関係、元カノとの横浜でのドライブデートが忘れられないフェラーリオーナー、結婚に向かない独身貴族のランボルギーニ・ウラカンオーナーの話をお送りした。

Episode 5では、お台場で別れを告げた、金曜夜のドライブデートをお送りする。



大学の歯学部時代から付き合ってゴールインした由美とは、結婚して6年になろうとしていた。

「りょうちゃん。私ね、妊娠したみたいなの」

嬉しさのあまり2人で抱き合って喜んだ瞬間は、いつ思い出しても顔が緩んでしまいそうになる。不妊治療を始めようかと検討し始めていた矢先、突然の朗報に亮平は感極まって思わず涙ぐんだ。


ただ、亮平には無条件に喜んではいられない事情があった。

2年ほど前から、暇を縫っては会っていた人がいたからだ。それが、3歳年下の亜里沙だった。

出会った当初、自分が妻帯者であることを伝えてはいなかったが、間もなくして、日焼けした左手の薬指に指輪の跡が残っているのを見たり、土日には連絡が取れないことに気が付き、亜里沙は薄々気づいていたようだった。

それでも、機会を見つけては会い続けた。ある時、亜里沙は亮平にこんなことを言ったこともある。


「亮平と奥さんの邪魔をしようなんて思ってないから。こうして会ってくれるだけで十分」



亮平は職場へ向かいながら、昨夜の出来事を思い出していた――

「今日は定時で上がれると思うから、17:40に品川駅の方まで迎えに来てくれる?」

亜里沙からLINEにそう連絡が来ると、普段より早めにクリニックを出て、品川に向かった。彼女が勤務するオフィスの裏道に一時停車し、彼女が下へ降りてくるのを待った。

「ごめん! お待たせ……」

亜里沙は金曜の夜に相応しく、華やかな装いにしっかりメイクをして現れた。初めて会った時から彼女には色気を感じていたが、いつ会っても「女らしさ」という妖艶さがあった。質素で素朴な雰囲気を持つ、妻の由美には無い魅力。

「久しぶりだね」と始めた会話が、付かず離れずな2人の関係を色濃く表していた。



最後に2人で会ったのは1カ月半ほど前だろうか。前回会おうとした時は、妻の弟が急遽出張で東京に来ることになり、亜里沙との約束をドタキャンせざるを得なかった。

「この前は、折角予定空けておいてもらってたのに、ごめんな」

「……ううん、大丈夫。仕事忙しそうだし、大変そうだね」

2人の会話では、肝心な事には触れず、深入りしないのが暗黙の了解になっていた。グレーなことには白黒つけない。関係に亀裂が入るような話は、2人とも極力避けていた。それもあって、亜里沙は特に会えなかった理由を聞いてくることはしなかった。


「今日は、お台場にでも行こうか」

そうして、2人を乗せた車はお台場へと向かった。

子供が出来たから、家族を大切にしたいから、こうやって会うことはもう止めたいと言ったら、彼女はどう思うだろう……運転をしながら、亮平は亜里沙を傷つけない方法を考えていた。

LINEも未読無視し、何もなかったかのように亜里沙のいない生活を送ることの方が、どんなに簡単だろうか。一時期、由美との関係に悩んでいた亮平は、亜里沙に弱音を吐けたことで救われた。亜里沙に背を向けて去るようなことは出来ないと、亮平は後ろめたさを感じていた。

寧ろ、何も言わずにフェードアウトする方が、よっぽど親切かもしれない……


震えるスマホ。そこに現れたメッセージは


お台場海浜公園沿いの道に車を停め、2人は黄昏時のレインボー・ブリッジの風景を眺めながら、公園内の道を歩いて行った。

「もう知らない間に秋になっちゃったね。今年もあと3カ月しかないなんて信じられない。りょうちゃんと知り合って、もう2年くらいになるんだね。」そう言って、亜里沙は手を顔にかざして夕日の光を遮り、東京湾の向こう側を見つめていた。

思い起こせば、2人が初めてデートに行ったのは、お台場だった。都内で誰かに見られたら……と卑しさを隠すように夜のドライブに行った先は、都内から少し離れたこの場所だったのだ。

亮平は2年前のことを思い出し、亜里沙と過ごした時間に思いめぐらせた。亮平がいつもより口数が少ないことに気が付き、亜里沙は怪訝そうな顔で亮平の様子を伺った。



「今日は何食べにいこっか? お台場で食べるって言ってもね……りょうちゃん、行くとこ決めてる?」

普段は個室がある店を予約するようにしていたが、決まって行く店はいくつかの選択肢からと決まっていた。

「いつもと違うところで食べようよ。」そう言って、二人は『bills お台場』に行くことにした。あまり堅苦しい雰囲気にはしたくなかった。気軽に入れるところにした。

2人は食事の間、いつものように詳しいことまでは話さない、浅い近況報告をし合った。ただ、その間も亮平の頭から由美のことが離れることはなかった。今日は産婦人科の検診があったからだ。

亜里沙が化粧室へと席を立った時にLINEを確認すると、「今日はご飯いらないんだよね?」と1時間前に由美からメッセージが来ていた。

「いらない。今日は知り合いの飲み会に誘われたけど、遅くならないうちに帰るよ。」と返した。


亜里沙と夕飯を食べ終わった後、亮平は少しドライブをしながら亜里沙と話をしようと、浦安方面へと車を走らせた。車内に流れるジャズに耳を澄ませ、亜里沙も聞こえるか聞こえない位の大きさで、亮平の知らない曲を鼻歌を歌っている。


亜里沙は急にその鼻歌を止め、覚悟を決めたかのように亮平に話掛けた。


最後の、2人だけの空間。


「りょうちゃん、今日は私に何か言いたいことがあるんでしょ?」

心の中を見透かされたかのようで、亮平はドキリとした。彼女の前で嘘や隠し事をするのは得意じゃない。

「うん……」

くぐもった声でそう答えると、高速道路を降り、車を停められそうなところを見つけて停車してエンジンを切った。どちらかが何かを言わなければ、耐えられない程の沈黙だった。遠くの方では、テーマパークから放たれる花火の音が聞こえる。


「あのさ……」



「もういいよ」
「……子供が出来たんだ」


2人はほぼ同時に言葉を発していた。数秒間の沈黙が、ものすごく長く感じた。亜里沙は深く息をすると、振り絞るように、少し震えるような声で返した。


「期待って、裏切られるためにするようなもんだよね……」


亜里沙の顔を直視出来ず、亮平はハンドルのほうを見つめていたが、横に座る亜里沙は目の前をまっすぐ見つめているようだった。

「りょうちゃん、奥さんが子供欲しがってるってずっと言ってたし、念願叶ったわけだね。おめでとう」



「辻仁成の『サヨナライツカ』って本知ってる? 幸せな恋愛をしてるりょうちゃんは、知らないだろうな……

その本の詩にね、『いつも人はサヨナラを用意して生きなければならない』っていう一節があるの。なんでかなぁ、私、昔から恋愛運には恵まれないみたい。大事だって言ってくれる人はいても、絶対にその人の1番にはなれないの。

私、サヨナラを言いすぎて、サヨナラを言うことに慣れちゃった」


そう言う亜里沙の横顔に視線をやると、必死に涙が溢れないように堪えていた。

「自分勝手だよな……」


亮平は、謝ること以外にどうしてやることも出来ず、車のエンジンをかけて都内へと引き返し、亜里沙の住む自宅の最寄り駅まで送って行くことにした。

亜里沙が助手席を降りる時、亮平は彼女の腕をぐっと掴んで何か声を掛けようとしたが、その手を振り払い、亜里沙は早足で去っていた。

家までの帰り道、このままでは家には帰れないと、亮平は自宅近くのコンビニに駐車して気持ちを落ち着かせることにした。結婚前に止めた煙草に手を出したい衝動に駆られたが、服に匂いがついてはいけない……。

亜里沙には何も残らず、自分だけが幸せを得たような気がする。ズルイ男だよな……


しばらく車中でぼっとしていたが、亮平は自宅に戻ろうと再びエンジンをかけ、手に持っていたスマホからLINEを開いた。亜里沙のアカウントを消そうとしたが、「削除」ボタンを押すことが出来ない。

亮平は一瞬スマホの画面の上で指を止めると、「非表示」ボタンに指を置き、亜里沙の思い出にそっと蓋をした。



<モデル:星沙織>
星さんのインスタグラムはこちら
https://www.instagram.com/saaaaa0rin/

[取材協力] Car In Lifestyle
都内の20代後半〜30代の高級車オーナー7名で結成したチーム。高級車のある極上なライフスタイルを追究し、定期的にツーリングに出掛けている。