人は、「秘書」という仕事に、どんなイメージを持つだろうか。

社内を彩る女性らしい花形の職業、腰掛OLのような楽な仕事?もしくは単なる雑用係?それとも......?

女としての細やかな気遣いやホスピタリティが試される、秘書という仕事。そして、秘書たちの視点から見る、表舞台で活躍する男たちの裏側とは...?

丸の内OL「秘書」というオシャレな肩書きに多大な期待を抱き、転職を決意したミドリ。イケメンパラダイスなコンサル会社に入社し浮足立つが、早々に先輩秘書の泰子から怒られる。そして、上司の村上が本性を露わに...!



「お注射嫌い」と泰子に言われた村上は、彼女の言う通り、健康診断の日程決めの件で、かなり不機嫌になってしまった。

人見知りの村上とやっと打ち解けたと思いきや、健康診断のおかげで、ミドリは村上に敵扱いされているようだ。

「そもそも病院なんてものはね、ビジネスと同じで、サービスを提供して利益を得るものだろ。客に向けて、それを義務化するのは、僕は反対だな。」

村上は何かにつけて、健診に対して屁理屈を並べた。コンサルタントは、ただの我儘にも合理的にうんちくを唱えるらしい。

健康診断をそれほど嫌がる大人がいることに、ミドリはただただ呆れた。

スーパーエリート、そして超イケメンなコンサルタントとして業界でも有名な村上であるが、秘書として距離が近くなるにつれて、どんどん幼児化が進んでいくことに、ミドリは毎日驚きの連続だった。


理想とのギャップ。ミドリが考える、秘書の仕事とは...?

仕事がデキる男ほど、実は甘えん坊?


秘書とは、もっと澄まし顔で、デキる男たちに従事するような仕事だと思っていた。

もちろん、そういった秘書も他の会社には存在するだろう。しかし、少なくともミドリが務めるコンサル会社「ペイン&カンパニー」では、全く違う。

コンサルタントたちは、大きく2種類に分類することが出来る。「甘えん坊」か、「そうでないか」だ。

目下、ミドリの統計によると、上司の村上を筆頭に、仕事がデキる男ほど甘えん坊のように思える。

外では類稀なる能力を発揮する彼らは、クライアントの前では常にスマート、しかし営業として、時には下手に出て軽口を叩いたりもできる、本当に惚れ惚れする程のエリートだ。

だが、彼らのほとんどが、実はそんな「仮面」を被っているだけなのである。

社内の自室に戻れば、仮面もスーツのジャケットもネクタイも(時には靴も靴下も)脱ぎ捨てて、外でのストレスを発散するように幼くなる。

「僕、あの人苦手...。耳からすごい毛が生えてるんだよ。つい目が行っちゃってさ、生理的に受け付けないんだ...。なのに、いちいち話が長いんだよ...。はぁ。」

人見知りで神経質な村上は、外出後はデスクに突っ伏して、よくクライアントの愚痴をぼやく。彼らの前では、苦手意識など微塵も匂わせない爽やかな笑顔を浮かべている癖に、本当に役者だと、ミドリはいつも感心する。

そして、「秘書」という大義名分が手伝うのか、甘えん坊の男たちは、何かとミドリのデスクを訪ね、どうでも良い愚痴をこぼしていくことが多かった。



そして、甘えん坊でない少数派の男たちは、仕事能力が低いというわけではないが、どちらかと言うと「女性的」な性格をしていると思う。社内でも他人の目を気にするし、部下や秘書に仕事を丸投げするのをやや躊躇う。

甘えん坊の男たちが大嫌いなスケジューリングや電話会議などの裏方の雑務も、彼らはむしろ自分好みに完璧に設定するのが、人に頼むよりも楽なようだ。

そんな彼らに対しては、事務的に丁寧に仕事をすれば良いだけだが、彼らの好みに沿わないコーディネートをしてしまうと、たちまち冷淡に攻撃的になり、些細なミスにも厳しかった。

秘書という仕事は、ただ言われた仕事をマニュアル通りにこなすのではなく、それぞれの性格や要望に合った対応が求められる。

泰子のように能力の高い秘書は、いちいちコンサルタントの確認を得ずとも、彼らの性格や指向を完璧に把握し、一歩も二歩も先に動いてサポートしていた。クライアントの社風もすべて頭に入っているようで、外部からの信頼も厚い。

「丸の内OL」「秘書」という肩書に憧れて転職を決意したミドリではあったが、会社に慣れていくうちに、自分も泰子のように信頼の厚い秘書になりたい、そんな風に思うようになった。


デキる秘書を目指し始めたミドリ。しかし...?

「見た目は大人、心は子供」の男たち


「見た目は子供、頭脳は大人」というキャッチコピーのアニメキャラがいるが、村上は、「見た目と頭脳は大人、しかし心は子供」と言ったところか。

いよいよ健康診断の前日、村上は、もはや子供が愚図るかのようにイライラしていた。

「僕、今日は夕飯食べちゃいけないの?明日の朝も食べちゃいけないんでしょ?はぁ...。」

「夕食は、夜10時頃までに済ませれば大丈夫です。でも、お酒は控えてください。朝ごはんは、我慢してくださいね。」

今日は、もう3度この会話を繰り返している。

「僕さ、血液検査とバリウムはパスしていいかな?」

「ダメです。行ってきてください。」

人間ドックの健診なのに、血液検査とバリウムをパスしたら、何の意味もないではないか。村上は恨めしそうな視線を向けたが、ミドリは泰子の厳しい口調を真似するように、キッパリと言い放った。



そして翌日、午前中に健診を終えてから出社した村上は、注射やバリウムが相当辛かったらしく、大袈裟に体調不良を訴えた。青くなった顔から察するに、貧血にでもなったようだ。

「僕、もう気持ち悪くてダメだ。ミドリさん、何か消化の良い食べ物買ってきて。あと、甘いもの。ミドリさんと泰子さんの分も一緒に買っていいからさ、『ショコラティエ パレ ド オール』でさ、ケーキお願い。」

村上は、「健診に行かせたお前のせいで俺は弱っている」と言わんばかりに、サラッと我儘を言う。

しかしミドリは、散々呆れたのを通り越して、村上がちゃんと健診を受けてくれたことに対して、不思議な達成感と喜びを感じてしまう。何だか、幼稚園の先生にでもなった気分だった。

「はいはい、分かりました。」

「ケーキは、お酒の匂いがしないやつね!」

「はいはい...。」

そして、ミドリがオフィスを出ようとすると、村上の部下にあたる、前田というコンサルタントに声を掛けられた。

「ミドリさん、お昼買いに行くの?村上さんの分も買うなら、ついでに僕の分も一緒にお願いします。」

「は、はい...。」

この会社では、パートナー以下には基本的に秘書は就かない。よって村上のチームの雑務はミドリもよく手伝うのであるが、この前田だけは、ミドリと同年代で30代前半にも関わらず、村上と同レベルでミドリに仕事を振ってくることが多かった。

彼は大手外資系コンサル会社から転職して日が浅く、前の会社ではグループ秘書か、専属秘書がいたのだと思われる。

「僕は揚げ物系のお弁当で!」

―そんなの、自分で買いに行きなさいよ!

ミドリは多少苛立ちながらも、この一言が言えず、無駄な使い走りをすることも徐々に増えていた。


次週10月12日水曜更新
コンサルタントたちに頼られるようになったミドリ。しかし、そこには意外な落とし穴が...?!