ー総合商社に入れば、人生、一生安泰で勝ち組。ー

東京において、商社マンというのは一見、社会的ステータスの高い、万能なカードに見える。

しかし、果たしてそれは事実なのか?

商社という舞台には、外部からは計り知れない様々な人間模様があり、出世レースに関する嫉妬と憎悪に満ちた縦社会のプライド合戦も繰り広げられている。

早稲田大学商学部卒業後、大手総合商社に入社した優作。彼の商社マン人生は、薔薇色なのか、それとも?

赴任先でバナナ・プリンスになったが、帰国と同時に新たな事業部に飛ばされた31歳。突然の同期のヘッドハンティング話に焦りながら、家を購入。しかし同期・賢治との給料差に愕然とした34歳だった。



同期の出世に何を感じますか?


賢治の家に行った帰り道、妻の由美とは何も話さなかった。二人の周りだけ、都会の喧騒からポツンと離れたような静けさが漂っていた。そんな二人の間にあるベビーカーからは、スヤスヤと可愛い寝息が聞こえていた。

「ただいまぁ」

家のドアを開けると、自分の城だと信じて誇りを持っていた二子玉川の家が急に小さく見える。由美は何も言わなかったが、きっと同じことを思っていたのだろう。

「さぁて、これからどうしようかな」

賢治との給料差を見せつけられた後、湧き上がってきた思いは“悔しさ”だった。自分でも嫉妬とはまた違う感情に驚いたが、とにかく悔しかった。

自分も、賢治のようになれる可能性は十分にあった。

「いつ、チャンスを棒に振ったのかな」

いや、チャンスなんてやって来たことがあったのだろうか...どうやら商社のぬるま湯に浸かっている間に、チャンスを機敏に捉える洞察力も鈍っていたようだ。

「昔は俺の方が上だったのに...」

純也はヘッドハンティングされ、同期の賢治はおそらく優作よりも給料が高い。気がつけばいつも先を越されているのは紛れもない事実だ。もう、不平不満を言っている場合ではない。何か行動を起こさなければ。今までにない不思議な感情に包まれた。

二子玉川のマンションの部屋には、下の公園で遊んでいる子供達の声がこだましていた。


ここから優作の怒涛の追い上げが始まる!商社マン人生を変えたのは、あの一言だった

限界値は自分で決める35歳


「何かお前、雰囲気変わったな」

月曜日の朝、出社するや否や荒木課長から声を掛けられた。熱血っぽいことは苦手だ。でも、内側から湧き出る何とも言えないヤル気が滲み出ていたらしい。

「バレました?荒木課長、一緒に出世しましょう。同期の中で、誰よりも出世しましょう! 」

「優作、お前熱でもあるのか?体調悪かったら、今日は帰ってもいいぞ」

人のヤル気をただの熱で済まされてしまったが、そんなことなど気にしない。会社のため、日本のため、そして何より自分のために。とにかく今は仕事に打ち込み、成果をあげたかった。

プライドを守るためなのかどうかは分からない。今の不甲斐ないただの平社員、という状態を何とか脱却したかった。



過去の女性から学ぶこと


そんなある日、部下が担当している青山にあるスーパーマーケットの視察に行くと、買い物に来ていた二人の女性の声が耳に入って来た。

「スーパーマーケットとか、海外はすごく可愛いお店が多いのに、何か日本ってオシャレじゃないよねー。向こうだとオリジナルグッズまで色々買いたくなるのに。」

「分かる〜オーガニックとか未だに高いしね。あと、ロサンゼルスとかだともはや常備菜のケールとかも高いし、手に入りにくいし困るー。」

出た、海外好き女...しかしそんなことは一瞬でどうでもよくなる。

「あれ...どこかで聞いた事あるな、この言葉。」

頭の中をフル回転させる。記憶が走馬灯のように駆け巡った。


「もっとオシャレなオーガニックフードとかだったらよかったのに」


27歳の時、ライトなプロポーズをしてあっさりフラれた綾子の言葉だった。あの時、バナナ担当になった自分に対してバッサリ切り捨てた綾子。しかし今、綾子の言葉がまるで目の前でもう一度言われたように、鮮明に甦った。

「そっか、それだ。」

人生に無駄な経験はないと言われた記憶があるが、今その言葉の意味がわかった。可愛かったが結婚しなかった綾子との付き合いにも意味があり、今まで起きた出来事全て、意味を持つことだったらしい。


それから暫くして、不眠不休の生活になった。オーストラリアの大手オーガニックスーパーマーケットとの直接交渉に入り、目が回る位一気に忙しくなった。でも、充実していた。しかし、半年後には販売代理店契約を結び、そのスーパーマーケットの日本進出を優作の部署で担うことになった。


気がつけば、賢治の存在も純也の存在も消えていた。
そこにあるのは、自分との勝負だけだった。


一気に走り出した優作。出世レースで遂に頭一つ抜けられるのか...?

最後はダークホースが勝つ!?


「何かあれだな、優作ってダークホースだったな。」

「どういう意味ですか、それ(笑)」

「今だから言うけど、お前が最初にこの部署へ来た時、本当にこいつ大丈夫かなと不安だったんだぞ。何か覇気もないし落ち込んでるし」

荒木課長なりの褒め言葉だったのだろう。違う事業部に飛ばされて落ち込んでいたのを実は心配してくれていたらしい。部下の大きな業績は上司の業績。荒木課長にとっても、今回の案件は非常に大きな意味を持つ。

「これで俺も部長かな〜」

荒木課長の言葉を聞きながら、果たして自分はいつ課長になれるのかを考える。今回大きな結果を残した。これで、同期の中でもかなり早く課長になれる可能性が一気に高まった。心の中で思わず大きなガッツポーズをする。ようやく報われる時が来たかな...

そう思った時、ふと麻里子に会いたくなった。



会いたいと思ったら止まらず、結局会社の近くで麻里子とご飯に行くことになった。あの一件以来、会うのは凄く久しぶりだった。

「優作さん、最近ご活躍されているそうで。噂聞きましたよ、凄いですね」

「まだまだ全然だよ。そう言えば、花澤部長元気?」

今だから聞ける質問だった。ノリに乗っている今なら、何でも聞ける気がした。しかし言った途端に麻里子の顔がみるみる曇る。しまったと思ったが、後の祭りだった。

「え、どうして部長のこと聞くんですか?」

返答に困ってしまった。それは、麻里子の子供の父親だから?と言いかけたが、声にならず言葉を呑み込む。

「部長、元気ですよ。部長というか...優作さん、ご存知ないんですか?花澤さん、出向されて子会社の社長になったんです。」

花澤部長の情報は自らシャットダウンしていたせいもあるが、出向し、しかも社長になっているとは全く知らなかった。

「出向が終わって本社に戻ってきたら、役員クラスは確定だろう、とみんな言ってます。ほら、花澤さんって昔から上に気に入られてたじゃないですか...」

麻里子の言葉で、一瞬にして目の前が真っ暗になった。

「宿敵が役員になったら...」

たまったもんじゃない。想像するだけで恐ろしく、将来の道が完全に閉ざされた気がした。急に暗闇の中に放り出された子猫のように、突然希望の光を失った。


ー花澤部長が役員になったら、絶対に出世できないー


独立、という言葉が脳裏にチラついた。


次週10月16日日曜日更新
まさか商社を辞めて独立するのか?優作の決断はいかに!?