典型的な結婚できない女、杏子、32歳。

慶應大学卒業後、丸の内の某外資系金融でセールス職に就き、年収は2,000万円を優に超える。

美人だがプライドが高くワガママな彼女は、男運が悪く全くモテない。さらにハイスペックゆえ、男が近寄りたくない女ナンバーワンとまで噂されている。

婚活に危機感を持ち始めた杏子は、結婚相談所に登録した。婚活アドバイザーの直人からアドバイスを受けつつ、2回目のマッチングは、成功。段取りの悪い相手に苛立ちながらも、杏子はデートを無事済ませた。そして...?



心ここにあらずな杏子。仕事ミスの原因は...?


杏子は柄にもなく、仕事で何度もミスをした。

普段はしない物忘れをしてしまい、大事なクライアントとのミーティング中でも身が入らずに、つい意識が飛んでしまう。

上司や同僚からも、怪訝な視線を向けられた。普段は仕事に妥協を許さない杏子に対して、彼らは咎めるというより、「体調でも悪いの?」と、何度も心配してくれた。

―私らしくない、しっかりしないと...。

濃いエスプレッソをダブルで一気に飲み干すが、やはり杏子は、いつものようにエンジンがかからず、集中力も長続きしない。

優秀な杏子が、こんな精神状態に陥ったのは、初めてのことだった。不安で心細く、自分が自分でないように思える。

杏子は、「魔女の宅急便」のキキが、急に箒で飛べなくなり、猫のジジの言葉が分からなくなってしまったシーンを思い出す。

そう、原因は分かっている。あの物語のトンボみたいな男、正木のせいなのだ。

それを意識すると、杏子の胸のあたりは、キュッと切なく締め付けられた。


不安を抱える杏子。向かう先は、やはり直人のもと...

複数同時進行は、婚活に於いては「常識」という事実


「どうしたんですか、そんなに悲しそうな顔して。いつもの勢いがないですね。」

直人は、いつもの丁寧だが愛嬌のない口調で言った。

「ご連絡した、新しいオファーの方の資料はご覧になりました?なかなか良い方だと思いますよ。ほら、こちらです。」

杏子は生気なく、直人の提示したプロフィールシートに視線を落とす。

そこには、細い目、細い眉、細い唇をした、幸の薄そうな顔をした男の写真があった。一本の線だけですべて書けてしまいそうな顔だ。ジャニーズ顔をした正木の顔とは、全く異なる。

「私、また新しい人と会わないといけないんですか...。」

「だって、正木さんから連絡がないのでしょう?その場合は、同時進行で他の男性とも婚活に励むことをお勧めしますよ。ただ、正木さんが気になるなら、前回のように、杏子さんからも連絡をしてみたらいかがですか?」

「...だって、急患か何かでお忙しいだけかも知れないし、正木さんから連絡するって言われたんです。また会おうねって。それに...。」

「それに?」

「いいえ、何でもありません...。」

「そうですか。まぁ、だいたい想像はつきますけどね。」

「え?!べ、別に、私たちはイヤらしいことなんて、してませんよ?!」

杏子は顔が赤くなる。直人からの的確なアドバイスは欲しいが、実は正木に抱きしめられたと告白するのは、何となく恥ずかしかった。



「まぁ、何かあったにせよ、相談所を使って婚活をしている方というのは、同時進行で複数とマッチングを行うのは普通のことなんです。受験や就職活動と同じです。だから、杏子さんもそこは割り切って、きちんと活動してください。」

直人は、平然と言ってのけた。

「え...?でも、それって、複数同時にデートをするって意味ですか...?」

「相談所に交際報告をしない限りは、そうなりますね。付き合い方があまりに不謹慎な場合は、相談所から警告しますが、ある程度は自己責任です。」

「そんな...。じゃあ、正木さんも、他の方ともデートしているってことですか?」

「個人情報ですので、私から調べたりすることは出来ませんが、あくまでその可能性はあります。」

杏子は、そんな婚活の実情を、上手く飲み込むことが出来なかった。男女関係に於いて、「受験や就活と同じだから同時進行もアリ」なんて、とんでもないことではないか。


同時進行説にショックを受ける杏子。直人のアドバイスは続くが...?!

婚活成功の秘訣は、「大人」になって、割り切ること


「そんなにショックを受けないでください。一定以上の男女が婚活を成功させたい場合は、変に恋愛感情を挟まない方が、成功率は高いんです。年収、職業、外見で条件を絞るのだって、その一環ですよ。よく言われますが、少なくとも相談所では、恋愛と結婚は別物です。」

「じゃあ、好きになってしまった場合は、どうしたらいいんですかっ?!」

杏子は、ついに声を張り上げてしまった。

「それは、正木さんに直接伝えるしかないですね。ウジウジ一人で考え込んでも、時間が勿体ないです。僕からお伝えしてもいいですよ。」

「ちがいます!可能性の話をしただけです!!直人さんは、絶対に何も言わないでください!!!」



息遣い荒く、杏子は慌てて答えた。直人は、呆れたような、憐みのような表情を浮かべている。

「杏子さん...。何度も言いますが、あなたは結婚したいんですよね?結婚を目的とするなら、いちいち感情に流されて、遠回りするのはやめてください。感情に振り回されてばかりいては、いつまで経っても進展しませんよ。20代とは違うんです。」

「じゃあ、どうしろって言うんですか。私、同時進行なんて尻軽女みたいな行為、したくないんですもの!」

杏子は、目頭がジワジワと熱くなるのを感じた。悲しいような苛立たしいような、投げやりな気分になっている。

「ムキにならないでくださいよ。マッチングで複数の方と会うのが、浮気行為のように思えるのは仕方ないですが、では、言い方を変えます。慣れてください。そして、大人になってください。結婚は、大人がするものです。」

「私が、子供だって言いたいんですか?」

「はい、杏子さんは、まさに子供です。思ったことはすぐに態度や口に出てしまうし、男女間に於いて、一歩引いて冷静に物事を考えたり、判断することが出来ません。もう少し、大人になってください。」

―大人になる...。

杏子は、ふと考えてみる。

一流大学を出て、一流企業に入社し、高収入を得ている自分は、同年代の他の人間よりも、ずっと大人の女だと、当然のように思っていた。

しかし直人は、自分を子供だと断言する。腹は立つが、そんな指摘をされたことは、今までになかった。

「少しは自覚がありましたか?それで、この桜田さまのオファーは受けますか?断りますか?彼は大学教授です。しかし、ご実家は松濤、政治家の多いご家系です。杏子さんとは、相性は悪くないと思いますけどね。」

杏子はもう一度、その桜田という男の、一筆書きで描いたような顔を眺める。幸薄そうではあるが、別に不器量というわけではなかった。

「流行りの醤油顔ですね。」

直人が適当な発言をしたので、杏子は軽く直人を睨んだ。

「分かりました。では、そのオファー、受けますわ。」

売られた喧嘩を買うように、杏子はそう答えていた。


次週10月18日火曜更新
幸薄顔の教授との3度目のマッチング!杏子はどうなる...?


【これまでの崖っぷち結婚相談所】
vol.1:美貌とキャリアを手にした女の哀しいプライド。そして、その本音。
vol.2:結婚相談所という禁断の領域。エリート美女が、市場価値を算出される!?
vol.3:男の賞賛と畏怖の眼差しが、女の自尊心を満たす?!エリート女の暴走デート
vol.4:どんなに美人でもモテない?勘違いと高飛車のダブルパンチの痛い女
vol.5:社内のマドンナ的存在のモテ女に見せつけられた、圧倒的な「モテ」格差
vol.6:自分との戦い。恋愛偏差値の低さを自覚することから、婚活は始まる
vol.7:「美人のドヤ顔、超ウケる」 ピーターパン症候群的な医者からの、意外な反応
vol.8:生まれ持った美貌と才能だけでは、婚活市場で勝てない。アラサー女の現実
vol.9:感情的な女に、「ルールズ」の実践は難しい?中途半端な試みは、失敗の元
vol.10:ついに恋の予感?!幼稚男とのグダグダデートは、まさかの展開に...