青山ヒロム。38歳。年収4,000万。恵比寿で眼科を開業中。

これは、東京で咲き誇るゴージャスな女たちと、アンタッチャブルな男たちが繰り広げる、ファンタスティックで時にはHARD THINGSなLOVE AFFAIR。

ヒロムは23歳から37歳まで、4人の女性で安定したポートフォリオを組んでそれなりに楽しんでいたが、男友達・植木くんからヒロムの心の平穏を脅かすと指摘された、女友達で元カノ32歳ホテル会社勤務「慶子」。

慶子から距離を取り、他の女性に目を向けたヒロム。慶子と別れた後、出会った女性は数知れずだが、正式な彼女としては、遥が初めてだった。



ラグジュアリーな夜が弾けた先にあるもの


人口約1,360万人、日本の都道府県の中では人口が最も多く、全人口の10%以上が住んでいる首都・東京。

そんな東京で一体日々いくつもの恋が浮かんでは消え、消えてはまた浮かんでいるのだろう。

数々ものLOVE AFFAIRを派手に繰り広げられてきた年頃の男女も気がつけば、SNSでの連日の「ご報告」に次ぐ「ご報告」。そしてやがて、妻となり夫となり、母となり父となる。ラグジュアリーな夜が弾けた先には、どんな世界が広がっているのだろうか?




見事なうろこ雲が空に大きく広がる10月の土曜日。

僕と遥は、大手町にある「AMAN東京」に向かう途中にいた。

僕たちは、あの夜、多少見切り発射ではあったが付き合い始めた。30代も後半に差し掛かっている男女が交際をスタートするいうことが何を意味するのか、それなりに分かっていたつもりで、それなりの覚悟とそれなりの気持ちをもってはいたつもりだったが、僕の決意は裏切られることは無かった。

遥は、常に冷静で彼女の大人な対応に救われることは多かった。しかしながら、その言外に潜む遥の意思や希望も、僕に遠慮して飲み込む強がりがあることも、交際スタートからそんなに時間が経たず察することができた。それは優しさであると同時に、相手から疎ましく思われない為の37歳の女性の知恵でもあり自己防衛でもあるのだろう。

いずれにしても、あれから僕たちはうまくいっていた。


車は、日本橋の交差点に差し掛かった。日本橋三越、マンダリンオリエンタルホテルに通じる道は、休日の秋晴れの午後を楽しむ人で溢れていた。

「花嫁さんだね。」

助手席の遥の声で、窓の外に視線を移す。

見ると、ウエディングドレスの花嫁が、日本橋三越の重厚な建物の前でフォトシューティングをしていた。秋晴れの澄み通った空気の中で、真っ白なウエディングドレスが眩しく行き交う人が足を止めて目線を送っている。

しかし、僕は、その花嫁の神々しい美しさ以上に、その側にいる黒いスーツに身を包んだスタッフらしき数人の中にいた、見知った顔に釘付けになった。


東京の街角でヒロムが偶然に見つけた女性・・・

東京で、元恋人に偶然出会う可能性はどれくらい?


—慶子。—


外資系の御三家ホテルでウエディングを担当している慶子が、ここにいることは不思議ではないが、働いている姿を見るのは初めてだった。秋の日差しを一身に受けて輝く花嫁を、にっこりと微笑んで見つめる慶子は、記憶の中の彼女よりも、凛として美しくなっている気がした。

東京に数多いる男女の中で、こうして偶然出会う確率はどれくらいなのだろう?

あれ以来、慶子からの連絡はないし、僕も気まずく何となく連絡が疎遠になってしまって、気がつけば、1年が経過していた。一時期あれだけ頻繁に会っていた人とも、怠ればあっという間に時間が流れて押し流されてしまう。

遥と過ごす時間が砂時計のようにさらさらと積み重なって、慶子との思い出を覆い隠すほどにはなっていた。時間の流れは残酷で、それでいて、過去の記憶を靄に包んでくれ曖昧にぼやかしてくれるから優しい。

遠くから慶子の笑顔を目を細めながら見ていると、遥が笑って言った。


「ヒロム、花嫁さん綺麗だからって見過ぎ。信号青に変わったよ。」


優しく、それでいて、少しだけ嫉妬が混じった愛しい遥の声に我に帰り、車のブレーキから足を離した。緩やかに車が走り出した。


「予約時間に間に合うかしら?それにしても、1歳の誕生日が、アマン東京だなんて、贅沢な女の子になるね。」

隣で笑っている遥は、38歳になって、そして母になっていた。


ラグジュアリーな夜の終焉?あれから1年の歳月が流れた男と女は今・・・



巷に溢れる不妊のおびただしくけたたましい情報に洗脳されて、そっちの方は全くのノーガードでいたが、まさか自分が父親になるとは寝耳に水で晴天の霹靂であった。

子供が欲しいと思ったことは無かったが、できたことを告げた遥の目に宿る遠慮がちな怯えを鎮めてあげたくて、喜んだフリをした。

その日の夜のことはよく覚えている。気持ちを持て余した僕は、植木くんを誘って、パレスホテル東京のバー『プリヴェ』に行った。子供ができたことを告げるとしばらくして彼はこう言った。



「ラグジュアリーな夜の終焉に」

そう言って、二人で乾杯した。植木くんは相変わらずソルティドッグで、相変わらずにグラスの縁の塩を舐めとった。

何も変わっていない気がするのに、何だか全てが変わってしまったようで、皇居のお濠に面した幻想的な東京の夜景と、車の美しい光のラインを見ながらしばし、二人で沈黙をしていた。

新郎が独身最後の夜を同性の友人と過ごすバチェラーパーティーのような弾けたものとは打って変わって、何となくしんみりと物悲しいものであった。



そういうわけで、僕らは夫婦になって父と母になった。

大恋愛の末、すったもんだの末、大冒険の末、なんてことはない、いわゆる巷にありふれているありきたりのラブストーリーだ。

結婚して二人の人生を歩むということは、自分の欲求やワガママだけを押し通すことはできない。並走する相手の希望に寄り添い、時として自分の感情に蓋をしたり、同調することも必要だ。

今までの自分はそれを不自由だと思っていたが、それでも相手が喜んでくれれば、それはそれで幸せなのかもしれない。そう思える相手に出会えた事は幸せだった。

自由すぎた日々は終わり、毎日がパーティーのようなラグジュアリーな日々はもう戻らないけど、それでも、新しいステージにもそれなりにワクワクできている自分がいることにホッとしている。

永大通りを曲がると、バッグミラーに映る日本橋の街は消え、眼前には、秋の日差しの中黄金色に輝く丸の内が広がっていた。

窓を開けると、どこからともなく金木犀の甘い香りが漂ってきた。


完.