埼玉県出身のユリ、28歳。大手損害保険会社でエリア総合職として勤務。

港区から抜け出し、代々木上原という地で、迷い、葛藤しながら自分らしさを取り戻す。

元彼・聡からの連絡でヨリを戻し、久しぶりに港区に足を踏み入れるユリ。しかし、ある日代々木上原在住の二階堂に、代々木公園デートに誘われて…?



二階堂からデートに誘われ、後ろめたさを感じるユリだったが…?


「12時に代々木公園で」と言われたが昼食はどうするのだろうか。二階堂にLINEをすると、すぐさま返信が来た。

「俺が絶品サンドウィッチを買ってくるから大丈夫!」

公園でサンドウィッチ。軽いピクニックのようだ。南麻布からこのエリアに引っ越してもう1年以上経つ。隣駅の代々木公園には、あまり足を運んだことがなかった。

公園でのんびり休日を過ごしてみたい、という願望はずっとあった。「今度聡と一緒に行こう」と思っていたが、多忙な聡と週末に昼間から会う時間が取れないので諦めていた。土日のどちらかは仕事をしているし、ゴルフに行くことも多い。

聡は徹底した効率主義で無駄を嫌う男だ。健康管理にとても気を遣っていてどんなに忙しくてもジムでのトレーニングは怠らないし、基本的に移動はタクシー。家事も業者に頼んでいるようで、「お金で時間を買う」タイプだ。家も行きつけのレストランもジムも、全て会社に近い六本木エリアだ。

そんな中でもユリとの時間を捻出してくれているのであまりワガママは言えない。そもそも、いつも綺麗に磨き上げられた革靴を履く聡と「公園で散歩する」なんて想像がつかない。

「結婚を前提にやり直してくれないか」

聡にはそう言われている。もし結婚したら、「休日のんびり公園デート」はないだろう。二階堂の誘いを受けたことに後ろめたさはあったが、彼は代々木上原会で知り合った、ただの友だちだ。そう言い聞かせた。


二階堂とのデートでユリの気持ちは果たして…?

芝生でサンドウィッチ。ピクニックのようなデートの魅力とは?


翌日は快晴だった。二階堂が昼食を買ってきてくれるとは言っていたが、手ぶらで行くわけにもいかない。悩んだユリは、大好きな『ハリッツ』で、プレーンとチーズクリーム、きなこのドーナツを3つ買って行った。ここのドーナツはふかふかに柔らかく、しかも甘過ぎないので、男性へのお土産にも重宝する。

待ち合わせ場所の西門前に着くと、二階堂はニコニコしながら待っていた。今日もTシャツにジーパンというラフな装いで、キャップをかぶっていた。そういえばこの人の年齢を聞いたことがなかったが、太陽光のもとで改めて彼の顔を見ると結構年上なのかもしれない。

晴れていたので公園は既に多くの人がいた。カップルはもちろん、外国人や家族連れなども多く、皆のんびりした様子で過ごしている。ランニングをしている人もずいぶん多い。聡もあんなビルの中の空気のこもったジムではなくて、こういうところで走った方が気持ちいいのに。ふとそんな考えが胸をよぎる。



二階堂は毎週末のように来ていると言っていただけあって、手慣れた様子で公園の中を進んでいく。ロードバイクで来ていた彼は、ずいぶん大荷物だ。

随分奥の方まで歩いて、二階堂は後ろに積んであったコールマンのシートを手際よく広げた。てっきりベンチに座るのかと思っていたので、思わず「ここで?」と聞き返したら、二階堂は事もなげに「ここのほうが気持ちいいよ」と取りつく島もない。

仕方なくユリも一緒に用意した。コールマンのシートは表側が起毛素材になっており、厚手なので座り心地は悪くない。しかも、二階堂はキャンプ用の椅子と小さいテーブルを持ってきていて、それも組み立ててくれた。

iPhoneと携帯用のスピーカーをBluetoothでつなげると、彼が最近ハマっているZazというフランスの女性シンガーソングライター歌が流れてきた。少しかすれた声が心地よく耳に残る。

彼が買ってきてくれたのは、『CAMELBACK sandwich&espresso』という店のサンドウィッチだった。ユリはサンドウィッチを見て驚いた。バケットにはチーズと、綺麗にスライスされた生のリンゴが挟まっている。

恐る恐る一口食べると、酸味のあるリンゴとコクのあるチーズが合っていて、挟まっていた蜂蜜もいいアクセントになっている。

「美味しい!」

思わずそう言うと、二階堂はニコニコしながらユリを見ている。代々木上原もそうだが、この近辺は美味しいパン屋が本当に多い。

食後は、二階堂が入れてきてくれたというホットココアを飲みながら話した。大抵は取り留めもない話で、代々木公園付近の美味しいお店の話やアメリカで働いていたと言う二階堂の当時の珍事件、ユリの会社の話など、あっという間に時間が過ぎていった。

話していく中で、ようやく二階堂の素性が分かってきた。年齢は36歳。数年前までシリコンバレーにあるアメリカの会社にいて、帰国後はフリーで働いているらしい。

その他にも、コーヒーが飲めないのでいつもココアを頼むこと。毎週末公園にいて日に焼けてしまい、よくサーファーに間違われてしまうこと。右上の眉毛付近に小さい傷跡があること。

そんな些細なことを知っていく中で、二階堂という男の存在が徐々に自分の中に浸食していくのが分かる。

「ご近所さんに仲の良い友だちができて良かった。」

ユリは会話中に何度かそう口にした。この言葉は、自分自身への戒めと二階堂への牽制だった。


二階堂との外デート。港区ガール・玲子からダメ出しされる?

港区ガールからのダメ出し。ユリが気付いた東京での生活の「軸」とは?


翌週、久しぶりに玲子と広尾の『クリオーゾ』で会い、二階堂の話をした。すると典型的な港区ガールである玲子は、ここの名物である真っ赤なトマトソースのパスタを形の良い唇に運びながらこう言った。

「公園デート!?外で食事って…。私は絶対無理。」

こう言われると少々むっとした。たたみかけるように玲子は彼のスペックを聞いてきたので、フリーでSEをやっているという説明をした。すると、少々考えごとをしながらこう忠告してきた。

「フリーのSE?一体何者?ユリって、昔から小難しいアーティスト系好きじゃん。気を付けなよ?聡先輩がいるのに、バチが当たるよ。」

学生時代からの友人は、過去の恋愛遍歴も何でも知っているので怖い。確かに、聡と付き合うまでに好きになった男は、皆そんな感じだった。ヨリを戻した聡は、明るいスポーツマン系の男で、自分から好きになることはないタイプだ。

玲子には言わなかったが、あの日以来気が向けば公園に足を運んでいだ。毎週末いると言っていた二階堂を見かけない日もあった。いないとがっかりしたが、緑の中を散歩するだけでも気持ち良かった。

ユリはこの一件で気がついたことがある。聡とのレストランデートもいいが、こうやって公園で散歩をしたり、美味しいパン屋を見つけたり、日常生活の何気ない楽しみを見つける方が、自分らしくいられるということだ。

お洒落だけど所帯じみていない、この代々木上原の地での生活で、ユリは自分の生活の「軸」を発見しつつあった。

また同時に、聡と結婚したらこの「自分らしさ」をどこまで保てるのか、不安を覚えたのも事実だった。


二階堂とのレストランデートで聞いた衝撃の事実


秋になり、公園内の木々が黄金色に色づき始めた頃、二階堂に公園ではなくレストランランチに誘われた。場所は代々木公園の『オストゥ』。イタリアの郷土料理を出すこの店は、豊かな緑に囲まれていて秋の陽の光がやわらかく差し込んでくる。



丁寧に作り込まれたイタリア料理に合わせて、ワインも一杯だけ頼んだ。2人で向かい合って話すのは初めてだったので、少し変な感じがした。

この日はお互いの恋愛話になった。ユリは少し気まずかったが、聡との話をした。右手の薬指にはめていたティファニーのリング、時たま鳴るLINE。二階堂は気づいていたのか、驚く訳でもなく淡々と聞いている。

自分の話ばかりも気まずいので、ユリは二階堂に聞いた。

「二階堂さんは結婚願望ありますか?」

すると彼は事もなげにこう言った。

「結婚は、1回していたことがあるから。」

少しの間、時が止まった。二階堂は結婚後単身でアメリカに渡り、遠距離結婚生活を送っていた。しかし、アメリカにいる間に、妻の浮気が発覚。別れを切り出されたらしい。

「結婚は、もう当分いいかな。」

何も言葉が出なかった。

結局、二階堂の気持ちはよく分からなかった。ユリも二階堂に強く惹かれながら、踏み込むことはしなかった。彼とは、年齢も経験も随分差がある。もし彼が離婚も人生経験の1つとして消化していたら2人の距離は縮まっていたかもしれない。しかし彼の心は未だ閉ざされているようだった。



その日の夜は、聡との約束があった。二階堂と別れいったん家に帰る。今日の二階堂との会話を思い返しながら、少しずつそれを心の隅に追いやろうとした。

コットン素材の白シャツとジーンズを脱ぎ、今年買ったばかりのボルドー色のワンピースに着替えた。ポイントは首元のハイネックで、シルク素材が心地よく肌に触れる。聡は用事があったらしく、待ち合わせは21時に六本木だった。

21時きっかりに、TSUTAYA TOKYO ROPPONGIのスタバに着いた。しかし、15分経っても30分経っても聡は現れず、LINEも未読のままだ。

業を煮やして電話をする。10回ほどのコールでようやくつながった。聡は外にいるのか、後ろが大分騒がしい。

「ごめん、前の約束がちょっと長引いちゃってて…。」

今日は止めておく?と口にしようとしたとき、後ろから聞き覚えのある声がした。

「聡さーん!早く行きましょう!」

それは、玲子の声だった。


次週10.17月曜更新
聡とユリ、そして玲子の恋の行方は…?