人は、「秘書」という仕事に、どんなイメージを持つだろうか。

社内を彩る女性らしい花形の職業、腰掛OLのような楽な仕事?もしくは単なる雑用係?それとも......?

女としての細やかな気遣いやホスピタリティが試される、秘書という仕事。そして、秘書たちの視点から見る、表舞台で活躍する男たちの裏側とは...?

丸の内OL「秘書」というオシャレな肩書きに多大な期待を抱き、転職を決意したミドリ。イケメンパラダイスなコンサル会社に入社し浮足立つが、先輩秘書の泰子から怒鳴られ、慣れない秘書生活に戸惑う。そんな中、上司の村上が、やっとミドリに心を開き始めたが...?



仕事後の疲れた身体に心地よい、丸の内という空間と仲間の存在


丸の内では、学生時代からの友人も多く働いている。最近では、「丸の内会」という、丸の内勤務メンバーのグループラインまで出来た。

18時を過ぎると、グループラインは賑わい始める。毎晩誰かしらが丸の内で食事をしたり、残業後に軽く飲んだりしているのだ。ミドリは仕事後に「丸の内会」に合流するのが、日課のようになっていた。

丸の内の夜は、仕事に疲れたOLにとって、オアシスのようなものだ。いつも誰かがいて、深夜でも気軽に立ち寄れる店が連なっている。

そこには不思議な安心感があり、心地良さがあった。ミドリの丸の内への愛着は、日々高まっていった。



「ペイン&カンパニー」は、秘書や人事などのバックオフィスは、残業はほとんどない会社だと聞いていた。

しかし、ミドリはここ連日、2〜3時間の残業は当たり前になっている。丸の内仲間が多いこともあり、ついつい油断しがちなのだが、ふと時計を見ると23時を過ぎており、慌てて帰宅した日もあるくらいだ。

残業は、強制されているわけではない。

だた、コンサルタントたちは、会社に残っているミドリを目にすると、「これだけ、ちょっとお願いしてもいいですか?」と、雑務を頼んだり、息抜きとしてミドリに世間話や愚痴をこぼしにやって来る。

一日中そんな彼らの相手をしていると、大きな仕事をしているわけでもないのに、あっという間に時間は過ぎる。小さな仕事は塵が積もって山となり、気づくと膨大な仕事量になっていた。


社内から頼られはじめたミドリ、がむしゃらに仕事をこなしていくが...?

働く男たちの大好物、それはマイレージというステータス


「今度の香港出張、席はエコノミークラスなんですか?僕、JALのダイヤモンド会員なので、アップグレード可能な席に変えておいて下さい。ダイヤモンド会員だという旨、JALにちゃんと伝えておいてね。」

専属上司である村上の手配なら、ミドリはいくらでも細かく世話をしようと思う。

しかし、若いコンサルタントの前田を筆頭に、担当でもない下っ端のコンサルタントまで、ミドリにこんな要求をするようになってしまった。

かと言って、「自分でやってください」とも言えない。ミドリの多忙化は進むばかりだった。

この会社に入って気づいたことだが、男たちは、航空会社のマイレージや、ホテルが発行する会員システムが大好物だ。

「航空会社はワンワールド、ホテルはスターウッド系列ね」

このように、彼らは、出張となれば好き勝手にミドリに要求を投げる。酷いときには、「機内食は和食で」なんて、遠足のような注文まで付けられた。

勿論、予算やクライアントの関係もあり、彼らの思い通りに手配できないことも多い。すると面倒なことに、彼らは、まるでミドリの落ち度だとでも言うように、たちまち機嫌が悪くなったりする。

「マイルは福利厚生ではない!」と、ミドリは心の中で何度も悪態をついたが、これも仕事の一環だと思い、仕方なく彼らの要求に日々付き合っていた。



ある日の午後、ミドリは丸1日、村上の顔を見ていないことに気づいた。

最近は毎日のようにミドリのデスクに立ち寄っては立ち話をするようになっていたのに、昨日から顔を見せていない。

村上の部屋を確認しても電気は消えており、出社した気配はなかった。今日は特に外出も社内会議の予定もないが、村上はどこかに出かけたのだろうか。ミドリはOutlookのスケジュールも改めて確認するが、空欄のままだ。

「泰子さん、村上さんがどちらにいらっしゃるか、ご存知ですか...?」

ミドリは、先輩秘書の泰子の部屋を尋ねた。

「ミドリさん...。ちょうどいいわ。ちょっと座って頂戴。」

今日の泰子は、白いシャツに、エルメスの派手なスカーフを肩にかけている。ラグジュアリーブランド出身のミドリでも、このような着こなしを上品にまとめられる女は、滅多に見たことがなかった。

もしかして、また怒られるのではないか。ミドリは緊張しながら、泰子の対面に腰掛けた。


ミドリ、またしても泰子に怒られるのか...?!

「愛想の良い秘書」が、「デキる秘書」とは限らない


「最近、かなり忙しそうね。コンサルタント達からも、ミドリさんの評判はかなり良いわ。いつも笑顔で感じが良くて、仕事もテキパキこなしてくれるって。」

ミドリは嬉しかった。最近苛立つことも多かったが、どうやら自分は周囲に認められているようだ。

「でもね、直属の上司である、誠一さんは、どう思うかしら?自分の専属秘書が、部下の雑務で忙しくて、自分に目を向けてくれない状況になっているわね。」

「え...?」

「エグゼクティブ秘書というのはね、上司の面目を保つためにも、それ以下の社員から甘く見られてしまってもダメなの。もちろん、必要な仕事を手伝うのは大事だけど、必要以上の仕事を頼まれるようになったら、誠一さんの顔が立たなくなるわ。」



泰子は、前回のように怒鳴ることはせず、ミドリを諭すように、ゆっくりと説明した。

「優先順位を、ちゃんとつけてあげてね。他の社員に愛想良く接するのは悪いことではないけど、むしろ少し壁を作るくらいの方が、誠一さんの秘書としては正解だわ。」

泰子の言葉は、もっともだった。

確かに村上は、自分の秘書が、部下の機内食まで手配しているのを、どう思うだろう。

最近は子供のように振る舞い始めたとはいえ、村上は多大な実績を築いてきた有名コンサルタントで、他の社員たちより一段も二段も格上の存在なのだ。

「そうですよね...。私、最近、仕事のペースが分からなくなっていたかも知れません...。」

「さじ加減が分かれば、ミドリさん自身の仕事のペースも守れると思うわ。最初は難しいかも知れないけど、少し意識してみて。誠一さんは、どこかで拗ねてるんじゃないかしら。軽くメールでも送ってみたらどう?」

村上の面目を潰してしまったのかも知れない、ミドリはそう思うと胸が痛く、素直に反省した。

「あと、忙しいのは分かるけど、ミドリさん、口紅が取れてるわ。うちでは、お化粧も仕事の一つと思ってね。」

ニッコリと微笑んだ泰子は、いつものように、隙のない美しさを保っていた。

次週10月19日水曜更新
泰子の助言により、成長していくミドリ。秘書の小技を、次々と身に付けていく?!