ー総合商社に入れば、人生、一生安泰で勝ち組。ー

東京において、商社マンというのは一見、社会的ステータスの高い、万能なカードに見える。

しかし、果たしてそれは事実なのか?

商社という舞台には、外部からは計り知れない様々な人間模様があり、出世レースに関する嫉妬と憎悪に満ちた縦社会のプライド合戦も繰り広げられている。

早稲田大学商学部卒業後、総合商社に入社した優作。

赴任先でバナナ・プリンスになったが、帰国と同時に新たな事業部に飛ばされた31歳。同期のヘッドハンティングや給料差に愕然とした34歳。35歳になり、仕事で成功を納め、商社マン人生の中でも最もやりがいを感じたが、宿敵・花澤部長の動向に焦り始めた優作であった。



役員になれる社員vs部長・課長で終わる社員


花澤部長が出向先から帰ってきて役員になったら...

麻里子の話を聞いて以来 、永遠に出世できないのではないかと不安になった。窓際族になり、子会社へ放り出される自分の姿を想像して恐ろしくなる。

元々花形のエネルギー部門にいたのに、優作と一番仲が良かった同期・賢治とトレードして食料品事業部へと自分を異動させた花澤部長。あの骨太で大きな身体と鋭い目つきを思い出し、思わず背筋が凍りつく。

「もし花澤部長が役員になったら、俺の商社マン人生は終わりだな...」

麻里子とのご飯の帰り道、タクシーに乗りながら東京の街並みを見て考える。どんなに頑張ったところで、上から嫌われたら終わりだ。「商社は成果主義」と言いながら、結局は上の好き嫌いで物事は動く。

「永遠に出世できず、部長補佐で終わる商社マン人生」

自分の人生のタイトルが思い浮かぶ。

サラリーマンとして生きるなら、とことん上り詰めたい。漫画・島耕作みたいに会長にはなれないかもしれないが、部長以上にはなりたい。一社員で終わる人と、役員になれる社員の差。実力だけではない、何かが必要な社会。

そんな時、携帯が鳴った。
久しぶりの、純也からの誘いの電話だった。


外資に移った純也。商社を辞めた元・同期は勝ち組or負け組?

外資に転職した元商社マン同期の、次の華麗なる転身?


「おー優作プリンス、久しぶり」

純也が待ち合わせ場所に指定した六本木の『ミントリーフ』に向かうと既に純也は飲んでおり、だいぶ陽気だった。(元から純也は陽気なので飲んでなくてもあまり変わらないが。)店のチョイスも純也らしくて思わず笑みがこぼれる 。



「お前だけだよ、プリンスって未だに呼ぶの(笑)純也、何か若返った?」

平日だというのに、純也はデニムに白Tシャツ、その上にカジュアルな麻のジャケットを羽織っていた。商社にいた時より、ずっと活き活きとして見える。

「うちの会社、服装の規定が緩いからね。たまにスーツ着るけど、何か着慣れなくて。前まで毎日スーツで出勤してたのが嘘みたいだよ。」

ふと純也の腕元が目に入る。
オーデマ・ピゲのロイヤルオークの時計だった。

「でも楽しいよ、会社。優作は?全部順調?」

順調と言えば順調だ。しかしこの先、どうなるのか自分で将来が見えずにいること以外は。純也に花澤部長の件を話すか一瞬迷ったが、言うのはやめておいた。

「そう言えば、この前賢治に会ったよ。あいつもガツガツしてるね〜。優作ちゃん、負けないで!」

純也の適当なトークを聞きながら、外資に行っても根本は何も変わっていなくて安心した。

「で、純也の方は仕事どうなの?」

「実はそれがさ...俺、親父の会社を継ぐことになりそうで」

そう来たか。ガツン、と硬い石で頭を殴られた気がした。

純也の実家は貿易会社の創業一族だったことを今、思い出した。どんなに頑張っても勝てない、“生まれつき”の勝ち組。外資に移ろうが、商社に残ろうが関係ない。困ったら、父親から譲り受けることができる“社長”の座。

しがないサラリーマンとして一緒に頑張っていた元同期は、そもそも一緒のレースに出ておらず、別のコースを走っていたのかもしれない。コネも何もない庶民たちが一生懸命頑張ってがむしゃらに走っている間、優雅に観戦しているだけいいのだ。戦わなくても、既にシード権を手に入れているから。

「あれ、でもお兄さん二人は?」

冷静なフリをして聞くのが精一杯だった。純也は上に兄が二人おり、彼らのどちらかが継ぐと聞いていた。

「それがさ、一番上の兄貴が最近体調崩しちゃってさ。真ん中は急にアメリカで会社を起こすとか言い出して海外に飛び出しちゃって。で、俺のところに話が来たわけよ。」

「そっか...純也が社長か。すごいな、頑張れよ」

それしか言えなかった。会社の、組織のしがらみに悩んでいる自分があまりにもちっぽけで、惨めだった。


生まれつきの勝ち組との差に悩む優作。商社の黒い闇の中に潜むものとは...

36歳。急に来る体力の限界


商社は激務だ。

そんなこと今更言わなくても周知の事実だが、36歳になり、急に仕事がキツくなり始めた。20代の頃は徹夜しても平気だった。そして30代前半は海外の出張先から成田空港に戻り、家に帰らずそのまま他の国へ出張に飛び立っても平気だった。

しかし36歳になり、交渉のために連日飛び回るのが急にしんどく感じるようになった。体力限界説がチラつく。

「知力、体力、能力...」

全てが求められている。デスクから窓の外を眺めながら、ふと賢治や花澤部長を思い出す。元々アメフトをしていたせいか、体力がある。そんなどうでも良いことでさえ、羨ましく思ってしまう自分が可笑しくて笑えてきた。



誰が一番の黒幕なのか?


相変わらず仕事は順調で、荒木課長は部長代理になった。その辞令が出た夜に珍しく荒木課長、いや荒木部長代理からご飯に誘われた。

「荒木部長代理からお誘いいただくなんて珍しいですね」

「まぁな。今のうちに優作に話しておきたいことがあって」

何だか嫌な予感がする。こういう時の嫌な胸騒ぎに限って当たるものだ。

「お前は、将来どうなりたいんだ?スペシャリストなのか、ゼネラリストなのか。それとも、役員か?」

質問の意味が最初分からなかったが、要は将来のキャリアプランを練ろ、ということなのだろう。願わくは役員だ。


「優作に一個だけ言っておく。花澤さんが帰ってきたら、一度ちゃんと話し合え。そしてお前の同期、賢治だっけ?あいつには気をつけろよ」


「どういう意味ですか?」

何度もその続きを具体的に聞こうとしたが、それ以降荒木部長代理は何も答えてくれなかった。ただ、

「今後少しお前とデスクも離れるし面倒を見てやれないかもしれないから」

と最後に一言だけ言って去って行った。


花澤部長が帰ってきたらちゃんと話し合え?
賢治に気をつけろ?


さっきまでの嫌な胸騒ぎは止まるどころか深い闇となり、心の中に静かに広がっていった。


次週10月23日日曜日更新
荒木部長代理の言葉の真相が明らかに...出世レースに狂う恐ろしい商社マンの闇