埼玉県出身のユリ、28歳。大手損害保険会社でエリア総合職として勤務。

港区から抜け出し、代々木上原という地で、迷い、葛藤しながら自分らしさを取り戻す。

元彼・聡からの連絡でヨリを戻し、久しぶりに港区に足を踏み入れるユリ。代々木上原会で知り合った二階堂に、代々木公園デートに誘われ、その魅力にハマる。

何度か会っていく中で二階堂に惹かれていくが、聡の存在を明かし気持ちをセーブしようとする。しかし聡とのデート当日、電話越しに女の声がして…?



土曜日22時。六本木のTTRで男と女の修羅場が始まる?


「え?聡、玲子と一緒なの?」

土曜日の22時のTSUTAYA TOKYO ROPPONGIのスタバ。夜はまだここからとでも言うように、店内は人と熱気で溢れ返っている。

ユリは周囲の騒音に負けないように、そして最悪の事態を想定して泣かないように、必死に声を振り絞る。

カラオケ店にいたのか、聡の電話越しに聞こえてくる声は大分騒がしい。

「ごめん。今『マンシーズ』にいる。30分で行くから。」

聡はまずいと思ったのか、慌てた様子で電話を切った。

聡と玲子は一緒にいたのだろうか。確かに、ユリ含めて皆同じサークルなので、一緒にいても何ら不思議はない。それでも、サークルの仲間で遊んでいるのだったら、正直にそう言ってくれればいいのに。

「ユリ、ごめん。」

息を切らしながら聡はやって来た。聡の説明はこうだった。今日は、早朝から会社の先輩とゴルフに行き、夜軽く食事をして終わる予定だった。しかし、食事をした後、妻が妊娠中で羽を伸ばしたいらしい先輩が、「女の子と飲みたい」と言い出し、困った聡は玲子に何人か連れてくるように頼んだ。場所は『マンシーズ』。

「ユリに頼もうかなとも思ったけど、お前こういうの苦手だろ。六本木で馬鹿騒ぎするようなのは。」

確かに代々木上原に住んでから、そういう馬鹿騒ぎからは卒業した。正直、未だそういう遊び方をしている玲子とは最近少し距離があった。

―このまま聡と付き合い続けていいのだろうか。

その思いは一層ユリを不安にさせる。

「…玲子とは何にもないの?」

「ある訳ないだろう。」

疑ったこちらが悪いと言わんばかりの勢いで、聡は答えた。


しかし、男の嘘にはすぐに綻びが…?

親友からまさかの宣戦布告?


しかし、そんな嘘はすぐにばれる。後日、玲子を呼び出し、話を聞くことにした。玲子が住む広尾近くの、適当に入ったコーヒーチェーン店。もう10月だというのに冷房が効き過ぎていて、早く出て欲しいと言わんばかりの寒さだ。


玲子のマシンガントークで始まる2人の時間も、この日ばかりはいつもと違った。しかし、しばらくしてユリは我慢できずに聞いた。

「聡と会ってるの?」

玲子は思い口を開いた。最近、聡から何度か連絡があり、会うことがあった。しかし、大抵はこの間のように「女の子を何人か連れてきてほしい」という類のもの。

その話を聞いて何となくほっとした。玲子は美人で顔も広く、フットワークも軽い。しかも広尾に住んでいるから、聡と生活エリアがほぼ同じだ。しかし、玲子の次の言葉で一気に地の底に落ちた。

「でも、1回だけ聡さんと寝た。酔った勢いで、聡さんは覚えているかも分からないけど。」

玲子は悪びれる風でもなく、宣戦布告のように言った。

「私は、聡さんがずっと好きだったよ。こんなことして悪いと思ってるけど、ユリだって他の男とフラフラしてたじゃない。」

他の男。それは、代々木公園でデートした二階堂のことだ。玲子にだけ、二階堂の話をしていた。


日常生活が持つ、当たり前で偉大なエネルギー


その後、結局聡も白状し、玲子と聡の浮気は決定的なものになった。

六本木での飲み会。女の子を呼び出してカラオケ。タクシー代を渡す男たち。恋人と親友を裏切って寝る2人。

そんなことは東京ではありふれているのに、自分の身に降りかかるとこんなに辛いものなんだ。そう痛感した。

「もう信頼してくれないかもしれないけど、俺はいつでもユリを待ってるから。」聡はそう言っていたが、ユリはもう無理だった。

初めての浮気の時と違い、今回は結婚まで考えていたから、大分応えた。他の男とデートをしていた自分を責める気持ちもある。

結婚を考えていた恋人との別れ。その現実に対して、自分を保つのに何とか必死だった。友達に話したり慰めてもらったり、深酒することは一切しなかった。それをすると、地の底に落ちた気分に引きずられてしまいそうで怖かった。

何かの本で読んだことがある。失恋を癒す一番の方法は、日常生活をひたすら「当たり前のように繰り返す」ことだ、と。それだけ「日常」という力の持つエネルギーは偉大なのだ。


代々木上原ほど「日常を取り戻す」のに最適な地はない。一人の時間を取り戻したユリは、週末予定がないときは、ほぼ代々木上原で一日を過ごした。最近のお気に入りは会社の先輩・綾子に教えてもらった『山都』だ。

蕎麦屋というよりちょっと小洒落た和割烹のようなお店で、店内は地元の常連客でにぎわう。一人で入るのに少し躊躇ったが、ユリの隣のテーブルにはスキニージーンズを綺麗に履きこなした40歳くらいの女性が美味しそうにお蕎麦をすすっている。そんな姿を見ていると、「あんな格好いい女性になれるんだったら、一生独身でもいいかも」という気にさえなってくる。


代々木上原という地で徐々に心の傷を癒すユリに、二階堂から一撃が?

近所での立ち飲みでほっこり癒されるユリ。するとあの男がまた…?


また、最近相変わらず立ち飲み屋の『終日one』に通っている。代々木上原会で知り合ったメンバーにもたまに会えるし、少し飲みたい気分のときに相変わらず重宝している。



その日は、代々木上原会で知り合った夫婦がいたので、ユリもそれに混ざって飲んでいた。話す内容は、近所の話や夫妻の愚痴など相変わらず取りとめのないことが多いのだが、今はこういう話の方が救われた気分になる。

しばらくして夫婦がいなくなったあと、ユリの隣にすっと男が近づいてきた。二階堂だった。

「ユリちゃん!久しぶり。」

いつも変わらない笑顔だ。ユリには恋人がいる、二階堂は離婚歴がある、と告白しあったランチデートのことなんて、まるでなかったかのようだ。

「ん?ユリちゃん痩せた??もしかして失恋?」

いつもへらへら笑っているだけのようで、鋭い男なのだ。ユリは「余計なお世話です!」と言って、ビールを飲み干した。この間色々話してすっきりしたのか、今日はいつもより強気だ。


「もっとズルくて強くならなきゃ、自分を守れなくなるよ?」


少し飲んだ後店を出て、二階堂が家まで送ってくれることになった。帰り道、聞かれてもいないのに、ユリは聡とのことを話した。浮気をされて1回別れたこと、結婚を前提にヨリを戻したこと、そしたらまた、今度は親友と浮気されたこと。

「本当は、私ズルい女なんです。すごくすごくズルい。浮気されたのにヨリを戻したのも、結婚したかったから。正直、すごくラッキーだなと思ったんです。聡は見た目も悪くないし、年収もすごくいい。私は大したキャリアもないし、すごく中途半端で。聡と結婚すれば、自分の人生逆転ホームランかなって思ってたんです。自立したいって一人暮らしを始めたのに、結局は全然できてない。」

すると、二階堂は少し考えてこう答えた。

「ユリちゃんはさぁ…。何ていうかホント生真面目だよね。いい男で収入がいい人と結婚したい、なんて当たり前じゃん?何がズルイの?」

ユリにとっては思いがけない言葉で、思わず目を見開いた。

「そうじゃない人もいると思うけど…。結婚して家庭を作りたいんだったら、そんな風に思うのは当たり前だと思うよ。甲斐性なしの男じゃだめだろう?ユリちゃんは、もっとずるくて強くならないと、自分を守れなくなるよ。」

二階堂が片方だけ貸してくれたイヤフォンからは、代々木公園デートでも聴いた、フランスの歌手Zazが歌う「私の欲しいもの」という曲が流れている。

“私が欲しいのはね、愛、喜び、楽しいこと
私を幸せにしてくれるものって、あなたのお金なんかじゃないのよ
あふれるようなやさしさが欲しいの”

「そういうところが、ユリちゃんのいいところなんだろうけど…。」

何も言わないユリに気まずく思ったのか、そう付け加える。

―やっぱり、二階堂さんが好きだ。

ユリは立ち止り、二階堂の目を見つめた。


次週10.24月曜更新
ユリがついに二階堂に告白…?