東京では、初デートの街を五反田にすると女の子から冷めた目で見られることもある。

だが、おにやんまのうどんに感動したことをきっかけに、五反田という街のディープさにすっかり虜になり、周囲へ五反田の良さを啓蒙し、“五反田ラバー”の布教活動に勤しむようになった男がいる。

雑誌編集者・健太(29歳)。気になる女性・加代を五反田に誘うも、「えっ、ここ、五反田だし」と五反田ではデートと思ってもらえず、見事撃沈してしまう。

だがめげずに五反田に引っ越してきた章吾と『ミート矢澤』で、五反田会を結成する。

そしてもう一度加代をデートに誘い、『酒場 それがし』で楽しく飲んでいたが、気付けば自宅で一緒に朝を迎えてしまい……?



記憶を辿るも、思い出せない昨夜の出来事・・・


隣でぐっすり眠る加代の寝顔を見ながら、健太は二日酔いの頭をフル回転させた。

『酒場 それがし』 を出て、五反田ヒルズで1杯ずつ飲んだ事は思いだした。だが、自宅に帰ってからの記憶はない。

しんと静まりかえる部屋で、ただ、加代が目を覚ますのを待つしかなく、ベッドに入ったまま天井を見上げた。

しばらくそうしていると、加代がごそごそと動き出し、それに合わせるように、健太の鼓動は早くなる。

「ん……、健太くん?」

加代の小さな声を聞いて、鼓動はさらに早くなる。

「あ、加代ちゃんおはよう」

寝起きの顔はあまり見られたくないかと思い、あからさまに目線そらして言った。加代は両手で顔を覆っているようだ。

「あの……、お水、飲む?」

チラリと加代を見て言うと、彼女は両手でぐいとシーツを引っ張り、照れたように顔を隠す。だがすぐに、大きな目だけ出して「うん、お願い」と、小さな声で言ってきた。

ミネラルウォーターをグラスに注いで、加代に差し出しながら聞いた。

「昨日は、オレたち……」

健太が言うと、加代は顔を隠していたシーツを下ろしながらゆっくりと起き上がる。健太は彼女の表情を伺おうとするが、朝日を浴びて艶めく髪に隠れてどんな表情をしているのか、読み取ることはできなかった。


加代が発した言葉は……?!

とにかくまずは、ランチに行こう


加代は、ベッドの上で起き上がり壁に背中を預けてグラスの水を飲み始める。小さく上下する彼女の白い喉に見惚れながら、彼女の言葉を待った。

「はぁ、美味しい。昨日は飲みすぎちゃったね」

その顔は、いつもの可愛らしい笑顔だった。健太はほっと胸を撫で下ろし、部屋に散乱する雑誌を慌てて片付け始める。

「ごめんね、散らかってて」

「そんなことないよー。さすが、雑誌編集者の部屋らしくオシャレだなーと思ってた」

「え、ありがとう。家具はだいたい目黒通りのアンティークショップで揃えたんだ。あ、そうだ、お腹は空いてない?よかったら何か食べに行かない?」

このまま部屋にいては気まずさから抜け出せないと思い、場所を変えたかった。それに五反田ラバーとして、加代を連れて行きたい店は沢山ある。



東五反田のディープなランチ情報


以前一緒に行った『フランクリン・アベニュー』 に行く途中の『ボンド』は女性の好きそうな雰囲気だ。健太が訪れた時は水ではなく冷たい桃のお茶が出されて、それも美味しかった記憶がある。

同じ通りにはやはり女性ウケのよさそうな店構えのパン屋『スギノキ』がある。そこでパンを買ってもいい。

ついでに独特の空気を放つ鯛焼き屋『ダ・カーポ』で鯛焼きも買いたい。ここは味もさることながら、レコードがズラリと並ぶ店内と、あんこ意外の個性的なバリエーションが揃う鯛焼きは、加代が見たら驚くだろう。

そこまで考えて、いやまてよと思い考えなおす。加代は意外と『梅林』 の下町感溢れる中華が好きかもしれない。あえて、飾らない雰囲気の場所に行く方が良かったりするのではないか。

あれこれ考えながら、それらの店が並ぶ通りに行こうと考えていると、そんなことはまったく知らない加代が口を開いた。

「じゃあさ、目黒まで行こうよ。歩いてでも行けるよね?」

「え、目黒?」

「うん、目黒」

その顔は、何の悪気もないいつもの笑顔だ。確かに目黒は散歩がてら歩いていくのにちょうど良い距離。だが、五反田ラバーとしてはここで引くわけにはいかない。断固拒否だ。

「いや、でも……せっかく五反田にいるんだから五反田のお店を案内するよ!」

「え、でもランチだったら目黒の方があるんじゃないの?」

渋る彼女に五反田ラバーとしてのプライドを傷つけられながらもなんとか説得すると、彼女は少し呆れたように笑いながらも了承してくれた。

そして迷った挙句、健太はある店を思いつき、そこへ行くことに決めたのだった。


健太がランチに選んだのは、老舗の名店!


歴史ある洋食屋で、思いの丈を口走る・・・!


駅前ロータリーを渡って向かったのは『グリルエフ』 。

加代を案内すると、この店が建つ細い路地にまず驚き、次はこの店の外観に驚いていた。

彼女が驚くのも無理はない。外壁を覆うように生い茂る植物と店の看板に使われている特徴的なフォントは、いつからかここだけ時の流れが止まっているのではないかと思えてくる。

「昭和25年からやってる洋食屋さんなんだ。ここのハヤシライスが有名なんだよ」

健太が得意気に言うと、加代はガラスのドアから興味深そうに店内を覗きこんだ。

店内に入ると、創業当時のままというレトロ感溢れる内観にもう一度驚き、「素敵だね」と言ってくれた。長い年月を経て来たからこそ醸し出せる味わい深さが、ここにはあるのだ。

席に案内され、ずらりと並ぶメニューの中から、やはりハヤシライスを2つ頼んだ。

「ライスが多めで、お茶碗2杯分くらいあるので女性の方は多いかもしれませんがよろしいですか?」

店のスタッフから聞かれたが、加代は「大丈夫です」と即答した。加代はなんでも美味しそうによく食べる。一緒に食事をしていて本当に楽しい女性なのだ。

加代は、運ばれてきたハヤシライスを何度も「美味しい」と言って食べる。健太もスプーンでつつきながら、タイミングを見て口を開いた。

「昨夜のことは正直あまり覚えてないんだけど、楽しかったことだけは覚えてるよ。加代ちゃん、また近いうちに五反田に来てよ。今度は飲み過ぎないようにするから」

「覚えてないの?」

すぐに反応した加代は、怒っているようにもいたずらっぽく笑っているようにも見えて、健太の心は乱れてしまった。

「いや、その……なんとなくしか思い出せないっていうか……」

じっと見つめられ、沈黙が訪れるのを恐れて健太はとにかく喋り続けた。

「あ、そうそう知らないと思うけど、五反田にはプラネタリウムもあるんだよ。品川区が運営してる文化センターの中にあるから、白金の『プラネタリウムバー』みたいな雰囲気とは全然違うし、もちろんお酒飲んだりも出来ないけど、なんていうか心が洗われるっていうか、とにかくまた五反田に来てもらいたいし、何よりまた会いたいし……」

自分でも何を言いたいのかよくわからなくなり、なんだか中途半端な所で終ってしまった。加代は無言のままスプーンを口に運び、時折健太を上目づかいで見つめてくる。健太は加代に見つめられながら、気付けば勝手に口が動いていた。

「加代ちゃん、俺たち付き合おう」

健太の言葉を聞いて、加代は怪訝に眉をひそめたように見えたのだった。

Next:1月21日配信予定
突然の告白に、加代はなんと答えるのか?!