コカイン疑惑報道が出たと思ったら、釈明をセクシャリティーな問題にすり替えて芸能界を引退した成宮寛貴氏(34)。デビュー前の10代のころ、東京・新宿二丁目に出入りし、年上男性たちと交遊していたことは、本人も2002年の段階で週刊誌の取材で認めている。成宮氏はこの“ゲイの聖地”で芸能界デビューのきっかけをつかんだ。

 当時を知る人物によれば「二丁目の飲み屋では生意気で、ゲイの友達はあまり広げないタイプだった」という。2000年のデビュー後も通い続け、知人によれば「当時、一番仲良かったのが女優Kで、2人でよく飲みに来てた。彼女、既婚だけどバイセクシャルだし」とのこと。

 10年近く前、同じスポーツジムに通っていた男性も秘話を明かす。「爽やか系俳優T、人気男性アイドルSと一緒に来てた。1人はもう結婚したけど、実は当時TとSは付き合ってたの。有名人御用達の高級ジムだから、気を許してしょっちゅうキャッキャしてたよ。成宮はTと連ドラ共演してるし、彼らのカムフラージュ役になってた」

 その道30年のゲイは「二丁目のバーやクラブ、でかいゲイイベントやハッテンバ(出会いスポット)とかに成宮が来たなんて話は皆無」と指摘する。「唯一聞いたのが4年前の夏かな。毎夏、ウチらの社交場になる公共プールに男2人で来てたって。でもプールエリアはゲイだらけだから、2階のサンデッキの隅でコッソリ日焼けしてたって」

 一般ゲイが集う場所は避け、ひそかに遊んでいたのが「売り専」と呼ばれる風俗で、二丁目バーの元店員いわく「知り合いの売り専の子が7〜8年前、中目黒に当時住んでた成宮君に呼ばれてヤッて来たって」。

 前出男性からもこんな証言が得られた。「売り専のボーイを買ってるって話は、結構前から聞いてた。成宮は、日焼けして昔は歌舞伎町で働いてたようなちょっと派手な水商売っぽい子が好きで、ゲイポルノにも出ちゃうようなイケイケの子たちと個人的に仲良くなって遊んでた。4年前に他界した“ゲイポルノ界のレジェンド”真崎航とも仲良かったみたい」

 そんな交遊を通じ、ハマっていったのがクラブ遊びだった。「六本木のクラブにリムジンで乗りつけるのを3回ぐらい見た」とは地元関係者。また5〜6年前、よくクラブで見掛けたという会社員もこう振り返る。

「西麻布の地下とか六本木のラーメン屋の裏とか、青山の骨董通りとか、渋谷の駅前とか神社の隣に当時あった“薬箱(ジャンキーが集まるクラブのこと)”にはしょっちゅう来てた。成宮がいたくらいでゲイは騒がないのに、本人は自意識過剰で、名前を言われたりすると露骨に嫌な顔してた。全然フレンドリーじゃなかった」

 聞けば、当時そうした“秘密クラブ”で有名人だったもう1人が俳優Hだという。「ニット帽で顔隠したりして、モデル系の男友達と来てた。目立つ集団なのに、踊りながらキスしまくってた。以前、クラブ遊びが所属事務所にバレて『悪い連中とツルむのをやめるか、芸能界をやめるかどっちかにしろ』と迫られて、一度仕事を干されたのに、まだ全然遊んでるよ」。ちなみにHは成宮氏と相容れないグループだという。

 成宮氏の疑惑写真をフライデーに持ち込み、ネット住民の追跡で結果的に身元がバレた「友人A氏」も、2002年にクラブのVIPルームで成宮氏と初めて会ったと一部取材に答えている。本人いわく、親しくなり頻繁に会うようになったのは昨年9〜10月ごろから。ハーフのイケメンで自称・元モデルだが、彼自身はノンケだという。

 前出会社員によれば「成宮はフライデーの報道が出る直前の去年11月まで、西麻布とかのクラブで遊んでた」そうだ。

「ゲイとかノンケとか関係なく、イケメンをはべらして週2は来てた。ただ高い酒を飲むわけでもなく、VIPルームでドンチャン騒ぎして帰るだけ。店側は収入にもならず、場所貸ししてた感じ。なのに成宮は“来てやってるぞ”みたいな横柄な態度だから、煙たがられてた。金見せびらかして使わないんだから、あれは叩かれるよ」

 身から出たサビとしか言いようがない。