新日本プロレス22日広島大会でG1クライマックス覇者ケニー・オメガ(32)がYOSHI―HASHI(34)に完勝。来年1月4日東京ドーム大会でのIWGPヘビー級王座挑戦権利証の防衛に成功した。バレットクラブのリーダーには、日本プロレス界最高の舞台・東京ドームのメーンイベントにたどり着くまで負けられない理由がある。2008年にカナダから海を渡った男のジャパニーズドリームとは――。

 G1公式戦で敗れたYOSHI―HASHIとの争奪戦に臨んだケニーは、片翼の天使(変型ドライバー)で雪辱に成功。試合後はG1準優勝者・後藤洋央紀(37)の挑戦要求を受諾し次期争奪戦での激突が決定した。

 それでも、年間最大興行メーンイベンターの座を手放すわけにいかない。来年のドーム決戦には、母国のカナダから家族が観戦に来ることが決まっているからだ。「もともと父親が今年定年退職を迎えたから、ドームのチケットをプレゼントする約束をしていたんだ。俺が夏にG1を優勝したら、今度は母親も叔父も叔母も妹も、みんな来たいってさ(笑い)。でも俺の戦っている場所を家族に見てもらいたいとはずっと思っていた」と胸中を明かす。日本のプロレスに憧れ、08年に初来日。当時ケニーはカナダの大学に籍を残していたこともあり、母のマルラ・スミスさん(58)から反対された(ケニーの本名はタイソン・スミス)。説得してたどり着いた最初の舞台は、小規模会場の新木場1stRINGだった。

「あの試合を見に来てくれたのは500人くらいだったか? でも、俺にはそれが5万人くらいに感じられるくらい充実感があったんだ」

 着実にステップアップしたケニーは、12年8月の飯伏幸太(34)戦で日本武道館のメーンに立つ。実はこの試合は父・ランスさん(60)が観戦に訪れる予定だった。しかし出国前に脳梗塞で倒れてしまったため、ケニーの晴れ舞台を見ることはかなわなかった。

 異国での活躍をいつしか認めてくれた母と、病を乗り越えた父。2人に自分が戦う姿を初めて見てもらう場所が来年のドームなのだ。そのことが権利証を守り抜くモチベーションにつながっている。8年かけてついに手にした「ジャパニーズドリーム」。最大の舞台で最高の夢を実現するために、ケニーの負けられない戦いは続く。